第8話 元義弟
予想に反してコンラッドは何も言わず、淡々と話は進んでいく。
フラウラーゼは今後シャリエール家とは関係がなくなる事、シャリエール伯爵家はコンラッドが継ぐこと、バリーとの婚約破棄はあちら有責でシャリエール伯爵が話を進める事など。その際の慰謝料は一切フラウラーゼは受け取らない事など。
「財産も要りませんので、この家との縁を確実に切ってください。ただ、母の形見はわたくしが受け取ります」
シャリエール伯爵の物は要らないが、母の形見となるものはフラウラーゼが引き継ぐことを主張する。
それはこの家を出るにあたって、とても大事な事だ。
その点について反対が上がる。今まで口出しをして来なかった伯爵夫人からだ。
「それはこの家の女主人である私の物よ、あなたには渡せないわ」
「あなたの物はこの家に来てからシャリエール伯爵が買ってくれたものだけ、お母様の品は全てわたくしが受け継ぎます、思い出の詰まった品をあなたに渡すつもりはないわ。縁も所縁もない、後妻のあなたには関係ありませんもの」
フィオーレの衣類や装飾品など、ある程度移したが、全ては移動出来ていない。部屋の鍵はフラウラーゼが持っているので、伯爵夫人が手出しをすることは出来なかったし、シャリエール伯爵も無関心であったから今まで文句は言われなかった。
フラウラーゼが出ていくから、ようやくそれらを手に入れられると思っていたようだ、伯爵夫人は悔しそうな顔をしている。
(大事な物はもう持ち出しているけれど、無関係な人に渡すわけないでしょ)
タウンハウスに残っているものはそう多くはないが、領地の方にはまだ家具や絵画などの大きいものがあり、金銭的価値のあるものがあったりする。
フラウラーゼとしてはお金よりも思い出の意味合いが強いので、絶対に渡したくはない。縁を切るにあたってそれらも全て引き上げないと。
「これだから、赤髪は強欲ね……」
その言葉にヴォワール侯爵の顔を怒りに歪める。
「これだから下位貴族は強欲だな。人様の物まで取ろうとするとは」
元々子爵家出身である伯爵夫人をヴォワール侯爵はよく思っていない。
それ故にここを訪れる事は少なく、フラウラーゼを呼び寄せる方が多かった。
何かを言おうとした伯爵夫人の口をシャリエール伯爵が慌てて塞ぐ。
爵位はあちらが上、これ以上心象を悪くするわけにはいかない。
もう縁が切れるのだから。
「それではこの内容で書類を作成しましょう。話し合いは以上です」
◇◇◇
ヴォワール侯爵とシャリエール伯爵は新たな書類を作成する。
フラウラーゼは必要な所にサインをし、その後の細かい話し合いはヴォワール侯爵に任せた。
その間に自室にて休む。
(数えるくらい使用していないけれど、もう来れないとなると何だか寂しいわね)
飾られていた花など花瓶ごと消えている。フラウラーゼがいないから必要ないという事だろう。
殺風景な部屋だ。
花も絵画も何もなく、必要最低限なものしか置いていない
「この家に……いいえ、この家族にわたくしの居場所はないわね」
フラウラーゼの家族は祖父母だ。
それと。
「あなたは、どうでしょうね?」
ブローチに触れ、くすりと笑う。
(少なくとも人間よりは信用出来そうかしら)
優しくて、少しおかしな精霊。
お互いの事を知らないのにも関わらず、しれっとフラウラーゼを妻というあの精霊は、望めば家族になってくれそうだ。
でも妻となれば精霊界に連れて行くと言われている。精霊界って、あの花畑があったところかしら?
「屋敷を離れるのは嫌だわ」
「僕もあなたが離れるのは寂しい」
ぼんやりと独り言を呟いたら、追従するように、声が帰ってくる。
いつの間にか背後にコンラッドがいた。
思わず叫び声を上げてしまいそうになる。
「驚きました。コンラッド様、勝手に部屋に入るのは失礼ですよ」
バクバクする心臓を抑え、フラウラーゼは振り向く。
もう義弟ではないので一応敬称をつけて、言葉遣いに気を付けた。
「失礼しました。何度もノックをしたのですが、聞こえていなかったようなので」
「そ、そうでしたか」
(そんなにわたくしは考えに浸っていたかしら)
首を傾げるフラウラーゼだが、コンラッドはノックなどしていない。入室許可もなく入り込んだので、普通はそこを咎める権利があるのに、フラウラーゼはキョトンとするばかりだ。
(こんな嘘をすぐ信じる義姉上は、本当に可愛いな)
うっとりとフラウラーゼを見つめるコンラッドの目が、少しおかしいものであるが、フラウラーゼはまだ気づいていない。
「それでわたくしに何か用でしょう?」
「義姉様、いいえフラウラーゼ様とお話がしたくて来たのです。少し掛けませんか?」
対面にて椅子に座る。
「この前のパーティ会場での話は聞きましたか?」
「えぇシャリエール伯爵に聞きました。とんでもない事が起きたようですね、わたくし全く知りませんでしたわ」
一体誰がしたのか、本当に検討がつかない。
「実はフラウラーゼ様が行なったのではないかと噂になっているのです。婚約破棄を言い渡されて気が立ち、あのような会場で突発的に魔法をつかったのではないかとね。僕もあの時あの会場にいたけれど、凄かった。魔法の名手と言われたバリー様ですらなかなか抜け出せなかったのです」
「わたくしはやっておりません」
「隠さなくてもいいではありませんか。本当であれば皆がフラウラーゼ様を認めてくれる。婚約がなくなり瑕疵のついたあなたにもいい縁談が来ますよ。そうすればヴォワール侯爵様も喜ぶでしょう」
「……本当に知らないのです」
全く身に覚えがない。フラウラーゼのそんな姿を見ても、コンラッドはまだ疑っているようだ。
「状況的にはあなたが一番可能性が高いと思ったのですが」
「そんな強い力があれば、わたくしはもっとのびのびと暮らしますわ。花々を育ててお花屋さんをしたり、あっ果樹園経営なども憧れますね」
目を輝かせるフラウラーゼを、コンラッドは愛おしそうに見つめる。
「フラウラーゼ様は時折少女のように純粋な顔になりますね」
「あら、普段は意地が悪いと言いたいのでしょうか。まぁ否定は出来ませんけど」
「そう言う意味ではありません、可愛らしいという意味です」
元義弟にそう言われるのは何だかうすら寒い。
(今までそんな事言われたことないのに)
何だか元義弟に違和感を覚え始めた。
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