ルークス編
第 14 幕 帰郷 I
ガタガタと揺れる馬車の中、カーテンによって遮られず差し込んでいる僅かな光に、ルークスの横顔が照らされる。
ギロティナ員5人が向かい合う車内は、なんとも重苦しい雰囲気に埋め尽くされていた。
そんな空気が苦手なマウイは、せめて仲間の顔を見ないように壁に目を向けるが、窓から外が見えるようになっているのはルークスとエラが座っている席のみで、窮屈さは消えることがなかった。
(ルークス……つらそうばい)
ウォルテクスから馬車を乗り継いでいるなか、ルークスは一言も口を開かない。
何か考えているのか、はたまた今の状況に放心しているのか。
ただぼうっと窓の外を眺めているようだった。
(無理もなかよな……母親がモルスになっとー、なんて、いきなり聞かされたんや)
ルークスの隣に座っているエラは、今回の仕事に関するものであろう書類を見ており、ロンドもマウイもこの状況では談笑する気分になど慣れやしない。
「ねぇ、エラ、ルクス」
の、はずなのだが。
そんなもの構うものかとでも言うように声を出したマンサナに、横の二人は目を見張った。
エラも書類から顔を上げ、いつものように微笑んで見せる。
「なあに?マーシャ」
「もう結構たってるわよね?後どれくらいでルークスの故郷につくの……」
「もう少しですよ」
突然、被せるようにルークスが答えた。全員の視線が彼に集まる。
「あと、もう少し……」
呻くように繰り返す彼の目は、なおも外の光を見つめ続けていた。
やがて馬車が止まり、エラから順に外へと出ていく。
ウォルテクスでは滅多に感じられないような強い日差しに、マウイたちは目を細めた。
「うわ、雲が白い……」
「青くて、明るいわね」
「とても緑が多いですね」
今までに殆どウォルテクスから出たことがなかった三人は、盛んに辺りを見渡し、口々に感想を漏らしている。
「…………っ」
少し楽しげな三人とは反対に、ルークスは地面を見て眉をひそめると、足元の雑草をぐしゃりと捻じ曲げた。
「ルークス君」
「はい、ご案内します」
エラに声をかけられると、ルークスは顔を上げ、マウイたちの方に振り返る。
暗い表情の彼を、晴れ渡る青空が不釣り合いに照らしていた。
ルークスが四人を案内したのは、小さく粗末な小屋だった。
誰かが生活していた跡らしきものはあるが、家具も最低限のものしかなく、佗しさばかりが感じられる。
所々傷のついた壁に、背の低いタンス。
タンスの上には、変色した花びらとひどく割れた写真立てが置かれていた。
写真立ての中は何かの絵のようだが、損傷が激しくなにが描かれていたのかまでは分からない。
「ここで、俺は母さんと二人で暮らしていました」
エラの方のみを向いて、ルークスが言う。
「……何を知りたいんですか」
ルークスの、警戒したような視線がエラ達に突き刺さった。
拒絶を含んだそれに、ロンドとマウイは体がこわばるのを感じ、助けを求めてエラに視線を送った。
二人に気がついたエラはどういうわけかウィンクで返すと、ゆっくりとルークスに近づき、幾つかの書類を手渡す。
「君のお母様のことついて、僕が既にだいぶ調べをつけてはいるんだ。まずはそのことについて謝罪をさせて欲しい。ごめん、ルークス君」
エラが頭を下げると、ルークスは毒気を抜かれたのか、その場で目をぱちくりとさせた。
彼が戸惑い気味に紙へと目を落とす。
「……っ!」
びっしりと書き連ねられた文字は、ハイディ・ロペスの外見から住所、普段集落を出て行く時間などの近隣住民からの証言。
推測される死因などの情報と、モルスとしての特徴を事細かに記していた。
それらにざっと目を通したルークスは、モルスとなった母の名を指でなぞり、重苦しく声に出す。
「『聡き二面相』……これが、今の母さんなんですね」
名前の横には、溶けかかった体から二つの頭が突き出している、不気味なモルスの姿が描かれていた。
「……母さんが死んだの、もう半年近く前なんですけど」
「君のお母様は、モルスになっていてもかなり知能が残っているタイプでね。逃げられたり、身を潜められたりとで、未だに処刑ができていないんだ」
エラは古ぼけたタンスに視線を移すと、許可を求めるようにルークスの名を呼んだ。
彼はそれには何も返さず、黙ってタンスの前へと移動すると、自ら引き出しを開ける。
幾つか中のものを手に取ると、テーブルの上に間隔をあけて広げて見せた。
マーシャが率先して覗き込み,他の皆も続けて集まっていく。
「これが、いつも使っていた食器で、これが昔に買ったジャムの瓶。小さい頃、よく中に石を入れて遊び道具にしていました。これは……なんだろ、何かの紐?ですね……そして、これが」
順番に指差して説明をしていたルークスの声が、ぴたり、と止まる。
並みでない緊張感を纏いながら、古そうな一枚の紙をめくった。
「母さんの遺書です」
「遺書……?」
ところどころインクが滲み、汚れた紙は読みやすいとはとても言えないものだったが、注意深く目を通してみれば、たしかに遺書と判断できそうな言葉が綴られていた。
「エラさんは、俺の母さんについて聞き込みとかしてたんですよね……?誰か、現場を見ていた人は居たんですか?」
真剣な表情でルークスがそう聞くと、むずかしい顔で押し黙っていたエラが、ゆっくりと口を開く。
「いや……いない。得られたのは、ハイディ・ロペスの体が川を流れて行くのを見た……という証言だけだ。事故や事件の可能性を視野に入れていたが……そうか、自殺か」
さらに重くなった空気に、各々微妙な顔をしているが、皆ルークスを気の毒に想っているようだった。
ルークスがエラに母についての説明を頼むと、彼女は書類を手に取り、順を追って話し始める。
エラが住民の証言や周囲の状況から推察したものは、以下の通り。
ハイディ・ロペスが死亡したと思われるのは、当日の12時から13時までの間。
13時には、家の前の川を流れる彼女を、住民のブラウンさんが確認している。
動転したブラウンさんの叫び声を聞いて駆けつけた数人が、ハイディさんを引き上げようとしたが、その前にモルス化。住民たちを一瞥した後、水の中に潜って行ってしまったらしい。
おそらく、そこから長く泳いだと思われる。
前回の仕事でエラが対面した際には、すでに川をかなり下った地域に居た。
「もっとしっかり死亡時刻を割り出したかったんだけど,モルスになるとそれも難しくてね。死亡からモルス化までの時間にはかなりの個人差があるから……それに、僕ではハイディさんの性格も素性もよく分からなかった。僕がこれ以上考えても、ぜんぜん進まないんだよ」
「……だから、ルクスくんを?」
ロンドが一歩前に出る。
不安そうにしているルークスの隣に並ぶと、安心させるかのように、彼の肩に手を置いた。
「えぇ、そうです。先ほど説明した通り、ハイディさんはモルスとなっても高い知能を有しています。なら、ルークス君に反応してやって来てくれる可能性もあるかもしれない。ルークス君に、お母様の性格から行動パターンを考えてもらえれば、より成功率は上がるでしょう」
「しかし、それではあまりにもルクスくんが…………」
「分かりました」
エラを非難するようなロンドの声を遮り、ルークスが了承する。
覚悟を決めたようなその声に、ロンドだけでなく誰もが驚きを顔にした。
「俺も、母さんがこのままなのは、嫌です。だから……何でも、協力します」
口ではそう言ったものの、ルークスの小さな体は細かく震え、両の手はぎゅっと握り締められている。
四人は不安そうに顔を見合わせるが、自分達が精神面で支えるしかないと結論を出したのか、しばらくするとエラから順に口を開く。
「ありがとう、助かるよ」
「辛いのならば、いつでも私に相談してください」
「ルクスだけには背負わせんさ。僕らもう友達やろ?」
「私も忘れないでよね」
かけられる温かい言葉に、ルークスがふっ、と顔をあげる。
光の差した緑の瞳が、4人を順番にうつしていった。
「君に心労を強いているのはこの僕だ。いくらでも恨んでくれて構わないよ」
エラの言葉に、ルークスはハッとして首を横に振る。
そして自身の頬をぺちぺちと叩くとエラを真っ直ぐ見つめ返した。
「恨んだりなんかしません。むしろ、俺からお願いします。どうか……母さんを」
皆が頷く。
寂れた小さな小屋の中、大仕事が幕をあげたのだった。
「もう知っているかもしれませんが、俺の家、母子家庭で……母さんは女手一つでお金を稼いで、必死に俺を育ててくれたんです」
川を下るようにして歩きながら、ルークスは話す。
「モンストルムが働ける仕事は少ないから、いつも朝から晩まで……最初から、ウォルテクスに行けばよかったのに、何を言っても……」
悲しげにそう言うルークスの心を表すかのように、周辺の草むらでは、桃色の花が力なく揺れていた。
彼の声に、僅かに怒りが混じり始める。
「それか、一人ならあそこまで壊れることなかった。俺を産まなきゃ……そもそも、母さんを捨てるような男、母さんも捨てちゃえば……」
「……!ル、ルークス君、君のお父様って?」
エラが『お父様』と言うと、ルークスの鋭い視線が彼女に向けられた。
自分がギリッ、と睨みつけていることに気がつくと、ルークスはすぐに顔を逸らす。
「父親は……知りません。物心ついたときにはもういませんでした。でも、生きてはいるらしいです」
「会いたいとは、思う?」
思わず溢れたかのような、飾らない声音がエラの口から出る。
その一瞬に、ルークス以外の三人は、揃って衝撃を受けていた。
問われた本人には、そんなことを気にしている余裕がないらしく、エラの方を少しも見ないまま、苛立ちを込めて返した。
「思いません、嫌いです。なんで母さんが最後まで其奴を好いていたのか、理解ができない」
相当に不快なのだろう。
ルークスの歯が、ガリっと深く噛み締められていた。
そんなルークスを宥めようと、マウイが声をかける。
「ま、まぁ、まずはお母さんばなんとかすることやし、ルクスがおったんやけんきっと幸しぇやったて思う……ぞ?」
「はい……そう、ですよね」
少し落ち着いたルークスが静かにそう返すと、川の下流になにか、根元が黒ずんだ木のようなものが見えてきた。
エラは皆が先に行かないよう、手で制してから、じっと注意深く観察する。
だが、それが動き出したりなどということは一切なく、ただただ静かにそこにはえているだけだった。
「エラ……?」
「あぁ、ごめんねぇ。モルスの跡があったから、ちょっと警戒してたんだ〜」
マーシャにそう答え、エラは木のほうへと歩き始める。
慌ててルークス達も駆け寄ると、木にべったりと付着した黒が、より明瞭になっていった。
ロンドは木の根元に近づくと、まじまじとその黒を眺める。
「古いものと新しいものがどちらも付着しているようです。モルスが繰り返し此処を訪れている可能性が高いと思われます」
それを聞いて、ふむ、と顎に手を当てると、エラは辺りを見渡した。
「ありがとうございます。ロンドがそう言うのであれば、信用できますね。今日は徹夜で張り込みましょう」
「えっ」
徹夜、という言葉にマウイが反応する。
なにか事情がというよりも、単純に朝までコースなことにショックを受けているだけのようだ。
そんな彼を、ロンドがじとりと睨め付ける。
「ルクスくんの大事なときだというのに、あなたは」
「わかっとるわかっとる!ただ、暗かなかだとやりづらか思っただけっちゃ!」
騒ぎ立てる二人を無視して、エラはマーシャとなにやら相談し、結論をだしていた。
エラが、ルークスを呼び寄せる。
「さて、そうと決まれば、ここらの住人に声をかけておかないといけないね。ルークス君、なにか、お母様が反応するようなものはあるかい?」
ルークスはしばらく考えこんでから、おずおずと答えた。
「通じるかはわかりませんけど、一つ」
星が光る夜空に、歌声が響きわたる。
美しく品のあるその旋律は、静かな土地に何処までも流れていったが、灯りのついた家々からは、誰も出てくる気配が無かった。
一回、二回。何度も同じ歌が繰り返される。
やがて、雲が月を覆い隠し、辺りが一層暗くなった。
歌い直そうとマーシャが口を開くと、がさっ、と茂みが動く音が聞こえてくる。
彼女がゆっくりとそちらに振り向くと、再びさした明かりにぼうっと照らし出されるものがあった。
―――― 二股の首と、頭。
次の瞬間、黒く大きな翼がモルスに覆い被さり、その上から押さえつけるように巨大な靴が踏みつける。
「捕らえた!マウイ攻撃を!」
「あぁ!」
エラの声かけに合わせ、身を潜めていたマウイは勢いよく飛び出すと、モルスの頭を殴り飛ばした。
しかし。
「……は?」
確かにそこにあった頭の一つが、跡形もなく消えていた。
一瞬の動揺。
マウイが体勢を崩した瞬間、消えていた筈の頭が、再び胴体から生える。
その喉奥から、黒光りする刃が覗いた。
「う……っ、そやろ!?」
顔にめがけて飛んできた刃を、マウイはギリギリで回避する。
そして、その勢いのままモルスの頭をぐっと掴んだ。
「くっ……!もう逃がさんからな!!」
強い力で頭を引っ込めようとするモルスを、マウイは懸命に阻止し続ける。
何度か胴体に蹴りを食らわせてみても、ぐにぐにとした身体で衝撃を殺されてしまう。
殆ど効いていないことは明らかだった。
こうなったら、と、マウイを巻き込む覚悟で、エラが自身のピーズアニマでも攻撃を始めようとした、そのとき。
「……っ、ごめんなさい!」
ルークスが、モルスの元へと走り寄った。
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