七回忌

松丘 凪沙

八月十九日

 照り付ける陽射しが私の身をジリジリと焦がす。


 八月十九日。毎年この時期になると自分が小学生の頃に行ったイタズラとその顛末について嫌でも思い出す。


 私たち一家は、私が小学生になってからは毎年お盆にA県の田舎にある父方の実家へ帰省して一週間ほど過ごすのが恒例行事となっていた。

六年生になったその年も両親と十歳の妹と四人で東京から新幹線と電車を乗り継ぎ、六時間ほどかけて祖父母の家へ着いた。


 祖父母の家は平屋建てだったが、兄弟とその妻子合わせて十数名が帰省してきても充分泊まれるほどの部屋数があり、いとこ達とトランプで遊んだり庭で花火をしたりするのが毎年の楽しみだった。


 

 父は四人兄弟の末っ子で、兄たちは三人とも県内へ就職していたため頻繁に帰省していたようだが、父だけが上京していてあまり会えなかったため、私と妹は他の兄弟やいとこ達よりも特段かわいがられていたように思う。


 その日、親戚の子供たちとかくれんぼをすることになった私は開かずの間の襖の前に立っていた。

 家の奥にあったその開かずの間は、直接入るなと言われているわけではないものの近づくのが憚られるような無言の圧力があり、その部屋には入らないというのが暗黙の了解となっていた。


 その襖が、少しだけ開いていた。

 今日は大人たちが出払っていて見咎められる心配はない。私はこの部屋に隠れる事にした。

 部屋の中には小さな机と箪笥が置いてあるのみだった。生活感はないものの定期的に掃除はされているようで埃っぽくはない。もっとジメジメとした黴臭い部屋をイメージしていたので少し拍子抜けだった。しかしとてもじゃないが隠れるスペースなどない。踵を返し部屋を出ようとしたところで机の上の物が目に止まった。

白松で作られた高級そうな木箱だった。中身が気になった私は机へ近づきそっと蓋を開けた。


 そこには人間の顔があった。

 いや、それは精巧に作られたお面だった。私と同い年位の女の子だろうか。髪の毛が植毛され、目にはビー玉を嵌め込んだような光沢、唇には瑞々しさがあり一目では本物の人間の顔かと思えるほどにリアルだった。


 これは後から知ったのだが、この開かずの間はもともと長男の娘の瑞恵という子供の部屋だったそうだ。瑞恵は生まれつき体が弱く、あまり部屋から出ない子供だった。当時この近辺では空き巣被害が多発しており、他の家族が出払っていたため留守だと思って侵入してきた空き巣と鉢合わせて殺されたのだという。凶器は広間にあったガラスの灰皿。第一発見者はたまたま訪ねてきた瑞恵の叔父、長男の義理の弟だった。


 祖父はこれをとても悲しみ、なんと瑞恵の死体の顔を型に取りそこからデスマスクを作ったのだ。殴られたのは後頭部だったようで型取りには支障はなかったそうだ。


 長男夫婦は当時この実家に住んでおり、嫁姑の関係も良好だったがこの事件以降関係がギクシャクし逃げるように近所へ引っ越したという。



 その事件が起きたのが六年前の今日、八月十九日。この日大人たちが出払っていたのも瑞恵の七回忌の墓参りに行っていたとの事だった。


 私はすぐに箱を元に戻すと部屋を後にした。居間へ戻るとかくれんぼは私以外のみんなは既に見つかっていたようだ。やはり開かずの間にいるという発想は他の子供たちにはなかったようで、かくれんぼはそこでお開きとなった。

 私はあの部屋へ入った事は墓まで持っていく事にした。


 その日の夜、いとこ達の誰かが肝試しをしようと言い出した。家のすぐ裏手にある神社まで往復するというシンプルなもので、行ってきた証拠として賽銭箱の陰にトランプのカードを一枚貼り付けてきたので、そのカードのマークと数字を覚えて戻ってくるというものだ。


 すぐ近くとはいえ子供一人で出歩かせるのも不安ということで、基本は小学生以下と高校生以上の二人一組のペアで行動する事に決まった。

 一組目も二組目も何事もなく戻ってくる。よせばいいのに私はここでこの肝試しを盛り上げようとイタズラを思い付く。そうだ。あの面を被って暗がりから飛び出せばビックリするに違いない。


 私はこっそり輪を抜け出して開かずの間へ入り電気を着けた。机には面の入った箱が昼に見た時と同じ位置に置いてある。私は面を小脇に抱え、居間で酒盛りをしている大人たちの目を盗んで仏壇からロウソクとマッチを拝借し、肝試しのルートとは別の道から神社の方へ向かった。時間的にはもう四組目が出発している頃合いだろうか。

 神社へ着いた私は参道脇の手水舎の裏へ隠れる事にした。風のない夜だったので木々の擦れる音で足音を聞き逃す事もない。数分程で神社への階段を上がって来る足音が聞こえた。いよいよだ。


 私はこの時気付くべきだったのだ。落ち着いて聞けばその足音が一人なのか二人なのかは分かっただろうし、そもそもペアで肝試しをしているのに二人の間に一切の会話がなく無言で歩いてくる、なんて事はあり得ないだろう。

 それに気付かないほど興奮していた私はマッチでロウソクに火をつけ、面を被って人影の前へ躍り出た。

「うらめしや~」

 怖く聞こえるよう精一杯低い声を出して相手へ近づいた。この面は目の部分がくり貫かれているわけではないので相手のリアクションは見えないが、ひいっ、とかわあっ、とか悲鳴をあげて尻餅をついているようだ。


 大成功だ。まさか大人の男の人をここまで驚かせる事ができるとは思わなかった。そういえば、肝試しには大人は参加していないはずだったのにいったい誰を驚かせてしまったのだろう、と思い面を外そうとしたところで頭部に衝撃が走った。殴られたのだ、と理解するよりも先に私の意識は途切れた。



 私の身体は翌日の昼、近くの井戸の中から発見された。一緒に捨てられていた血の付いた懐中電灯と割れた面に指紋がべったりと付いていた事からすぐに叔父が逮捕された。

 最初は、いきなり驚かされてつい反射的に殴ってしまった、といった供述をしていたようだが、警察の追及に耐えかね六年前の瑞恵の殺害も自供した。

 六年前の事件は、遊ぶ金欲しさに金目の物を物色し空き巣に罪をなすり付けるつもりだったものを瑞恵に見咎められやむなく殺したとの事だと言う。

 そして七回忌の今日、酔い醒ましに神社まで散歩していたところで自分の殺した相手の顔をした私が眼前に現れて、恐怖のため咄嗟に持っていた懐中電灯で殴ってしまったのだとか。


 事件後、祖父母や長男夫婦からは「あなたのおかげで瑞恵の仇が取れた」と泣いて感謝されたが、そんなもの私には何の慰めにもならなかった。


 両親といとこ達がお供え物と水桶を持って坂を上ってくるのが見えた。

 八月十九日。今日は瑞恵の十三回忌であり、私の七回忌であり、私たちの命日である。

 照り付ける陽射しが私の身をジリジリと焦がす。

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