第15話 魔法使いたい

 メイドに案内されて屋敷の外に移動する。

 外は日の光が眩しく、空気も澄んでいるようだった。


(それにしても、空気が東京と違って美味いのう~)


 吸い込む空気の匂いが違う。

 ここでは澄んだ森のような匂いがしており、身体が喜んでいるような気がする。

 外に出ると広い庭があり、その一角に学校の校庭よりも広い運動場のようなスペースがあるのが見えた。

 そこにたどり着くまでに花壇や噴水などもあり、かなり手入れされていることがわかる。


(パソコンもスマホも無いが、こんなところで生活するのも悪くないかもしれぬな)


 そんなことを考えながら歩いているうちに目的の場所にたどり着いたようで、立ち止まったメイドがこちらを向いて話しかけてくる。


「こちらでございます」

「ああ、助かった。そういえばディーンの奴はどこにおるのだ?」


 お礼を言いつつ、ディーンの所在を聞いてみる。

 するとメイドは、感嘆の声を上げた後にどこか嬉しそうに答えた。


「侯爵様は魔術師団の本部に向かわれました。お昼前には一度お戻りになるとのことです」


 彼女の様子に何か釈然としないものを感じたが、気にせずに再度礼を伝える。

 メイドがとても綺麗なお辞儀をして去っていくのを見送った後、改めて目の前の光景を見る。


(ところどころ砂地になっておるな。これなら多少やらかしても問題なさそうだの)


 そして、とりあえず魔法を試してみることにする。

 この世界の魔法がどういったものかまだわからないが、アスフォデルが魔法の名前を叫んで発動していたのを見ると、簡単に使えそうな気はする。

 まずは手を突き出して掌から闇の槍を出すイメージをする。

 だが何も起こらない。


 次に、魔法の名前を口に出してみる。

 だが何も起こらない。


 少し考えた後、ゲームの中で魔法を使う原理の説明があったような気がするので記憶を漁ってみた。

 この世界、グラディーナに魔法がもたらされたのはおよそ100年ほど前にさかのぼる。


(そういえば、かなりトンデモな設定だったの)


 恒星間航行が可能なレベルの文明がたまたま見つけた今いる世界よりも上位世界との扉、レムレスの扉の実験をするためにこのグラディーナへと降りたった。

 レムレスの扉からもたらされた上位世界の力、エーテルが人体と結びつくことにより肉体と重なりあって存在するエーテル体を形成した。

 エーテル体はエーテルを取り込み、自身の意のままに世界の理を捻じ曲げる上位世界の力である魔力を生成するようになった。


(そうだ、そういえばわしも魔力があるらしいが魔力の使い方が全くわかっておらんな)

≪さっきから何をやっているんだ?≫


 記憶を探りながらふとそんなことを考えていると、不意に頭の中に声が響く。


「シオか? どこにおるのだ? まあちょうどいい、おぬしに聞きたいことがあるのだが」

≪なんだ?≫ 

「いや、ほれわしも魔法を使う訓練をしようと思っての。使えんと困るだろう?」


 シオが頭に直接語り掛けてくることに突っ込みを入れたい気もするが、今は細かいことを気にしている場合ではない。

 ヴェルキアはかなりのゲーム好きであり、中二病でもある。

 ゆえに魔法が使えるかもしれないというこの状況に、心が逸っていた。


「無理だ。お前に魔法は使えない」


 しかし、現実は無情であった。

 シオの言葉にヴェルキアは愕然とした表情を見せる。


「な、なぜだ? わしにも魔力があるのだろう?」

≪魔力の使い方、魔法の発露はグラディーナの人間にとって身体を動かすように自然とできるものだ。誰かに教えられたりするものじゃない≫


 シオの言葉は、ヴェルキアには受け入れ難いものだった。

 せっかく魔法のある世界に来たのだ、使ってみたいと思うのは当然であろう。

 だから簡単に諦めることはできなかった。


「いや、わしがここで15年生きておると言うたのはおぬしではないか! ならわしにも魔法が使えるはずだ!」

≪今のお前の意識は魔力のない地球で育ったものだからな。魔力を使うために必要な脳の回路がうまく動いていない≫

「そ、そんなアホな……」


 絶望に打ちひしがれるヴェルキア。

 その様子を見て、さすがに哀れになったのかシオはフォローを入れた。


≪まあお前でも魔法を使う方法がないわけじゃあない≫

「何、それは本当か!」


 その言葉に、沈んでいたヴェルキアの表情が一気に明るくなる。


≪ああ、俺と融闇ポゼッションすればな≫

「なら融闇をやるぞ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴェルキアは反射的にそう答えていた。


≪絶対に断る≫


 だがシオの次の言葉はかすかな希望を見出したヴェルキアを突き放すものだった。

 あまりのショックに膝から崩れ落ちそうになるヴェルキアだったが、何とか踏みとどまりすがるように懇願する。


「な、なぜだ? 別にいいだろうちょっとぐらい」

≪俺がそう言ったら全力で逃げ出した奴はどこの誰だったかな?≫


 その質問に、ヴェルキアは答えることができなかった。

 確かに、シオが昨日の夜にヴェルキアを襲おうとしていた時に自分は拒絶した。

 しかし、これとそれとは話が違う。


「ぐぬぬ……おぬし、卑怯ではないか? わしとおぬしの要求では釣りあいが取れておらぬ」

≪一方的な搾取関係の夫婦の形を俺は認める気はない≫


 言い分としてはもっともではあるが、それでは納得できない。

 どうにかしてシオをその気にさせなければならない。


≪どうしても魔法を使いたければ魔導銃でも使うんだな≫

「昨日のをおぬしも見ただろう? 1回撃ったら壊れるものなんて使い物にならぬし、ありゃ魔法とはまた別ではないか?」


 シオとの話は平行線のままで、埒が明かない。


≪ん……? 悪いな、呼び出しだ≫

「呼び出し? どういうことだの?」

≪お前から離れるということだ。もし身の危険を感じたら全力で逃げ出せ。絶対に無理はするなよ≫


 突然、一方的にそう言ってシオの声が途絶える。


「おい、シオ? おい!」


 呼びかけてみるも反応はない。

 どうやら本当に離れていったようだ。毎度のことながら勝手な奴である。

 シオがいなくなったことで、ヴェルキアは落胆を隠せなかった。


(…………魔法がつかえんて、はぁ。テンションあがって損したわ)


 ため息を一つ吐き、屋敷の中へと戻ることにした。

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