第5話 魔術師団の本部へ

「ここがアル・マーズの魔術師団の本部だ」


 ディーンはそう言うと、目の前の大きな建物を手で指し示した。

 建物は6階建てのビルほどの大きさはある。


「ずいぶんデカイのう……」


 車を建物前の駐車場に停め、2人は建物の中に入った。

 建物の中は1階と2階が吹き抜けになっており、奥には受付がある。

 左右にはそれぞれ階段とエスカレーターがある。


(というか、流れでついてきてしまったが、こやつわしに何をさせるつもりなのだ?)


 ディーンに連れられて階段を上り、2階の廊下を歩くヴェルキア。

 屋敷の中のように、すれ違う者たちはディーンに敬礼をする。

 そして彼らは皆一様に、ヴェルキアを見て驚いているようだった。


 しばらく進むと廊下の突き当たりにある部屋の前で、ディーンの足が止まった。

 どうやら目的地に着いたらしい。

 ドアをノックするディーン。

 中から返事が聞こえると同時に、ディーンはドアを開けた。


 部屋の中に入ると、そこは先の屋敷でディーンに案内された部屋と似た雰囲気の空間だった。

 違いがあるとすればテラスが見えるところか。

 机に座っていた男が椅子から立ち上がると、2人の方へ歩いてきた。


「おや、当主様。いかがなさいましたか」

「状況はどうだ? バルガス」


 バルガスと呼ばれた男は、顎に手を当てながら答えた。

 年齢は40代前半といったところだろうか。

 スキンヘッドに、口ひげを生やしている。

 体格はよく、筋肉質であることがわかる。

 また、着ている制服の上からでもわかるほどに鍛え上げられており、その肉体は衰えを感じさせないものだった。


(ハゲだ)


 男を見た第一印象はそれだった。

 だが、決して髪の毛がないわけではないのだろう。

 スキンヘッドに自らしているだけのようだが。


「ほう、この可愛らしいお嬢さんをですかな?」


 可愛らしいお嬢さんと呼ばれてバルガスと目があったヴェルキアは眉をひそめた。


(このハゲ、何か嫌な感じがするのう)


 しかしバルガスはそれに気づかず、話を続けた。


「確かに今の異常事態に対処するために1人でも力のある魔術師は欲しいところですが……」

「やはりその目で確かめねば納得できんか?」

「麗しいご令嬢であっても、兵士顔負けの力を持つ者はいますが、それにしてもこれほど可憐なお嬢さんがそれほどの力をお持ちとは」


 そう言って、バルガスはヴェルキアの顔をまじまじと見つめた。

 品定めされているようで気分が悪い。

 ヴェルキアは眉間にしわを寄せ、嫌悪感を示した。


「おっとこれは失礼をした。お嬢さん、お名前を伺ってもよろしいだろうか?」


 バルガスはそう言うと、一歩下がって頭を下げた。

 ヴェルキアは正直言ってこの男と関わりたくないが、とりあえず質問には答えることにした。


「ヴェルキア・バラッドだの」

「ほう、ヴェルキア様。お名前も大変愛らしいですな! いや失敬、私は当主様より魔術師団を預からせていただいているバルガスと申します」


 バルガスは再び頭を下げると、今度はディーンの方を向いた。

 同時に、机の上においてある電話が鳴った。

 受話器を取り、応対するバルガス。

 何やら話をしているようだが、すぐに終わったようだ。


 再びこちらを向くバルガス。

 その顔は先ほどまでと打って変わって真剣な面持ちとなっていた。


「……アントウェルでSランクの魔物が出たとのことです」


 その言葉に、ディーンの空気も一気に張りつめたものとなった。


「まったく、こうも連日となるとさすがに嫌になってくるな」

「では、アントウェルはお見捨てに?」

「冗談でもよせ。バルガス、ついてこい」

「おや、また当主様自ら赴くのですか?」


 ディーンはそう言うと、ヴェルキアに向き直る。


「悪いがお前にも付き合ってもらうぞ」

「は?」


 そういうや否や、ヴェルキアを抱え上げ、テラスへと出るディーン。


「ふむ、仲がよろしいのですな」

「な、なにをする、降ろさんか!」


 それを見て、バルガスがからかうように言う。

 それに対し、ディーンは答えることなく、飛行魔法を使用し身体を浮遊させた。


 次の瞬間、ヴェルキアは驚きのあまり声が出なかった。

 なんと、目の前の光景が地上数十メートルの高さへと移動していた。

 そのまま勢いよく飛び上がるディーン。

 重力に逆らう浮遊感を感じながら、ヴェルキアは必死で目の前の男にしがみついた。


「ふぉおおおおお?! な、なぜ空を飛んでおるのだ!! わし高所恐怖症なのだがーー!?」


 眼下に広がる景色を思わず見てしまい叫ぶヴェルキア。

 だが、そんな叫びなど聞こえないかのように、ディーンはそのまま高度を上げていく。

 やがて2人は雲の上まで到達した。

 そしてそのまま移動を開始する。


「ひぃぃ! 死ぬ! 落ちたら死ぬ!!」


 生まれたての子猫のようにプルプル震えるながら必死にディーンにしがみつく。


(怖い、怖すぎるのだがー!)


 心の中で叫びながら、ヴェルキアは固く目をつぶった。


「落としはしない。しかしお前、飛行魔法は使えんのか?」

「使えるわけがなかろう! 人が空を飛んでたまるか!!」

「では昨日俺が見たのはなんだったのだ?」


 そう言われても今日以前の記憶は一切ない。

 そう答えるわけにもいかず、ヴェルキアは言葉に詰まった。


「しかし軽いな。こんな細腕でよくもあれほど戦えるものだ」

「た、戦う? い、一体何の話をしておる?」

「昨日お前は俺を助けただろうが」


 ディーンの言葉に驚くヴェルキア。


(わしがこの男を助けていただと?)


 昨日のことを思い出そうとするが、やはり何も思い出せない。

 そんな様子のヴェルキアを見て、ディーンは言った。


「お前、もしかして俺に気づいていなかったのか?」

「当主様」


 その時、2人の会話を遮って、後ろから声がかかった。

 ディーンはその声に反応して振り返る。

 そこには先ほど部屋にいたバルガスの姿があった。


「ああ、何匹かいるようだな」

「いかがいたしますか?」

「少し待て……あれが責任者だな」


 そういうや否やディーンは地上へと急降下していく。

 ヴェルキアはジェットコースターよりも遥かに恐ろしい体験により、すでに気絶寸前だった。

 地上に降りるなり、抱きかかえられたままの状態で地面に降ろされたヴェルキアはその場にへたり込んだ。

 腰が抜けてしまったようだ。


(地上……地上だの!)


 ディーンは巨大な魔物と戦っている魔術師たちの指揮をしている1人に声をかけていた。

 魔物は少し離れたところにいるが、信じられないほどの大きさだ。


「お前がアントウェルの責任者か? 俺はアル・マーズ侯爵……であることはわかるな? この場は我々が請け負う」

「こ、侯爵様が?! 我々の力不足で申し訳ございません!」


 恐縮しながら謝罪をする指揮官の男。


「いいから早く下がらせろ! これ以上被害を出さないうちにな!」

「は、はいっ!」


 ディーンの命令に従い、男は急いで部下達に指示を出し始めた。

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