第3話 いきなりピンチ

「ちょ、いきなり何をする! わしを殺す気か!」


 目の前をかすめた大鎌を避けながら、ヴェルキアはそう叫ぶ。

 しかし、相手はそんな叫びを無視し、再び攻撃態勢に入る。


「ちっ! 避けるな!」


 今度は横薙ぎの一閃だ。

 高そうな家具をおかまいなしに切り裂いていく。


「どわぁーーー!!! シオのやつ、どこに行きおった?!」


 間一髪、身を屈めてそれをかわすヴェルキア。


「お前が避けるからいろいろ壊れたの」

「アホかっ! 避けねばわしが死んでしまうわ!」


 幸いというべきか、今の一撃によって壁が破損したためそこから逃げようと走る。

 2階だったようだが、なぜか全く問題なく飛び降りられる気がしたため、そのまま外に出る。


「わけがわからんが、ここは逃げの一手よ!」

「兄さまに近づく害虫が……シャドウランス!」


 だが、逃げるヴェルキアに向けて、アスフォデルが無数の闇の槍を出現させる。


「ま、魔法だと!?」


 その驚愕の声とともに、数本の黒い槍がヴェルキアに向かってくる。

 だが、それらすべてを器用に避けてみせた。


「な、なんでこんな目に遭わねばならんのだ! 兄さまなんて知らんというておるだろうが!」


 そう言いながらも、なんとか相手の魔法の射程範囲から逃れようと必死に走る。

 だが、アスフォデルは鳥のように空を飛び、ヴェルキアにすぐに追いついてくる。


「ちょこまかと本当にうっとうしい奴なの!」

「頼むから人の話を聞いてくれんか?!」

「……なら避けようのない魔法で消し去ってあげるの!」

「なぜそうなるーーー!!」

「消え去れ害虫! インファーナル、カラミティ!」


 その言葉とともに、アスフォデルの周囲に大量の魔法陣が出現する。

 そして、それらのすべてが光り輝くと同時に、一斉にヴェルキアへと襲いかかる。


(あ、死んだわこれ)


 そう思った瞬間、横から衝撃が走ったかと思うと、地面から離れる感覚があった。

 来るはずの衝撃がいつまでたっても来ないため、恐る恐る目を開けると何も起こっていないようだった。


「い、一体何が……」

(というか、気のせいか、誰かに抱きかかえられておるような?)


「アデル……いつ俺が屋敷を破壊し客人を殺せと言った?」


 静かでありながらも、多少の怒気を含んだ声に、ヴェルキアは上を見る。

 そこには見知らぬ男の顔があった。

 どうやら、彼に抱きかかえられているようだ。

 しかもお姫様抱っこで。


「に、兄さま……」

「彼女は俺の客人だ、手を出すことは許さん」

「でも……!」


 兄さまと呼ばれた男はヴェルキアを抱きかかえたままの体勢で話し始める。

 一方、声をかけられたアスフォデルは納得できないといった表情で抗議しようとするが、男がひと睨みすると押し黙る。


「さすがにこれはやり過ぎだ。後で罰を下す」

「はい……」

「わかったら仕事に戻れ」


 アスフォデルはディーンの言葉に従い、あっさりと屋敷の方へと戻っていく。

(おお、あの十狂人に言うことを聞かせるとは。一体何者だ、こやつ)


 ヴェルキアは抱えられた状態のまま、そんなことを考える。

 なお、まだお姫様抱っこされたままだ。


「身内がありえぬ非礼を働いた。謝罪で済むことではないが、本当にすまない」

「……ああいや。うむ。いやいやいや!」


 あまりにも理解不能な展開が続いたため、思考が鈍化していたヴェルキアは男の腕の中にいる不自然さにようやく気付いた。

 そして、男の腕から飛び降りると距離を取る。


(キスから続いてお姫様だっこまでされるとは……)


 自分の今の状況にひどい徒労感を覚えながらも、目の前の男を観察する。

 年齢は20代後半といったところだろうか。

 背は高く180cm以上はあるだろう。

 金色の髪は短く切りそろえられ、清潔感がある。

 服装は先ほどのアスフォデルに近い格好をしているが、男のほうがどこか高貴な雰囲気を漂わせている。


(ふむ。こやつが兄か? アスフォデルの兄はゲーム本編前に死亡しているはず。ということは、今はゲームの本編が開始する前か?)


 ヴェルキアが現状を把握するために思案していると、男はヴェルキアの前に跪く。

 いきなりの行動にヴェルキアは面食らう。


「やはり許しがたいか」

「いやすまん。少々考え事をしておったのだ。驚きはしたが怪我もなかったことだし、うむ、そんなに気にせんでくれるとありがたい」

「そうか……ありがとう」

「ああ、だからそろそろほれ、立ってくれんかの」


 ヴェルキアはいまだ膝をついたままの男にそう促す。

 その言葉でようやく男は立ち上がり、改めて向かい合う形になる。


「では……少しお前と話をしたいのだが、時間はあるか?」


 落ち着いたところで、男はヴェルキアに問う。

 状況が全く理解できてはいないが、特に用事もないので男の提案に頷く。


 男と共に屋敷へと歩く。それほど離れていなかったため、すぐに到着した。

 そうして男が先導して屋敷の中を進んでいく。


 途中、すれ違った使用人たちは男に対して深くお辞儀をしていた。

 その様子を見て、彼がこの屋敷の主人であろうことを理解する。


(しかし広っろいのう……こやつイケメンな上に金持ちか……)


 男に対する嫉妬心が沸きあがり、ヴェルキアの中で男に対する好感度は下がった。


 そのまま屋敷の奥へと進み、一つの部屋の前まで来ると、男は扉を開く。

 部屋の中心には大きな机とソファが置かれており、奥には執務机と本棚や観葉植物などが置かれていた。

 また、壁にはいくつかの絵画も飾られている。


 男はソファに座るようヴェルキアを促すと、自身も対面に座る。

 2人が座ったタイミングでメイド服を着た女性が紅茶を運んでくる。


(というかなんなのだこの状況……シオのアホが全く説明せんかったから状況が全くわからん……)


 とりあえず出されたお茶を飲みつつ、ヴェルキアは男が話を切り出すのを待った。


「さて、改めて自己紹介を。俺の名はディーン・ガーディアス。アル・マーズの領主だ」

 そう言って、男は名乗る。


(アル・マーズといえば帝国、ヴェルキアのいた連合の敵だったはずだの?)

「先ほどお前に危害を加えようとしたのは、アスフォデル・ガーディアス。俺の義妹になる」


(それは知っておる。ゲームの中では何回も敵として戦ったからの)

「あいつは魔物の対処のため東部にいたはずだが……昨日の話をどこかで耳にしたようだ」


(昨日の話ってなんのことだの?)

 唐突に出てきた話題についていけず首を傾げるヴェルキア。


「お前が望む罰をあいつに与える」

「へ? どういうことだの?」

「あれほどの威力の魔法を使ったのだ。お前が無事だったとはいえ、奴には罰を与えねばならん」


 その言葉にヴェルキアは少し考える。


(罰か……確かにあやつ人の話を全く聞かなかったしのう)


 しばらく悩んだ後、ヴェルキアは答える。


「……それには及ばぬ」

「ほう? なぜだ?」

「いや、それはまあ正直いきなり斬りかかってくるなど正気とは思えんが……」


『兄さまがいなくなってから胸がずっと苦しいの。こうして戦争をしている間だけは胸の苦しさを忘れることができるの』


(ゲーム本編でのあやつは兄を亡くしたことで苦しみ続けておった、その気持ちはわしには理解できてしまう……)


 自身の胸に手を当てながら、ヴェルキアは転生前の己の記憶を思い出す。


「よくわからんがおぬしを取られるとでも思ったのだろう? 兄を想う気持ちが多少過激なだけではないか」

(まあそのたびに鎌を振り回して魔法を放たれたらたまらんがの)

「……多少過激なだけ、か」

「ああ、さっきも言ったがわしはなんともないのだし、お咎めなしで構わんぞ」


 ヴェルキアの言葉にディーンはしばらく考え込む仕草をする。

 そして顔を上げると口を開く。

 その目は真剣そのもので、ヴェルキアは思わず身構える。


「やはり普通の女ではないな、ヴェルキア・バラッド」

(おや、こやつヴェルキアのことを知っておるのか?)


 しかしアスフォデルとヴェルキアに接点があったというような話はゲームには無かった。

 必然的にアスフォデルとセットになっているディーンとも会っているとは考えにくいが、一体どういうことなのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、ディーンはさらに言葉を続ける。


「俺はお前を気に入った」

「それは……どうもありがとうだの?」


「ヴェルキア、俺としないか?」


「ぐぅへほぉっ!」


 胃の中の紅茶を吐き戻しそうな勢いでヴェルキアはむせた。

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