7がアンラッキーだって 【KAC20236】

はるにひかる

仕事帰りの待ち合わせ


「ハチッ! お待たせっ!」


 軽やかな声に呼ばれてスマートフォンから顔を上げると、親友のぬき紅留美くるみが、息を弾ませ、手を大きく振りながら、こちらへ駆け寄ってくるところだった。


「ごめん、ひょっとして結構待った?!」

「ううん、私もさっき着いたところ」


 仕事帰りの、会社最寄りの駅での待ち合わせ。

 紅留美も私も、スーツでビシッと決めている。……いや、終業後だけあって、スーツは少しくたびれているか。


「そこの喫茶店で良い?」

「もちろん!」


 近くの喫茶店チェーンを指した私に、紅留美が大きく頷いた。

 この喫茶店は地元の有名チェーンで、私達の実家の近くにもあるから、紅留美と私の昔からの歓談の場になっている。


○○○


 フカフカのソファに腰を落ち着けて注文を済ませると、二人のテーブルに弛緩した空気が流れた。

 ……とは言え。


「ねえ、紅留美。外では大声で『ハチ』って呼ばないでってずっと言っているでしょ?」

「……あ、呼んでた?」

「うん、ハッキリ」

「ごめんごめん。私にとっては自然なことだから、つい」


 エヘヘと頬を掻く、紅留美。


「それは、……私もそうだけど」


 私だって、昔からのあだ名で呼ばれるのは吝かではない。と言うよりも、紅留美や当時からの友達グループの皆が未だにそう呼んでくれるのが、嬉しくもある。

 けど、さっきみたいな人混みで呼ばれると、どうしても周りの視線が私に集まってしまう。

 は一般的には犬の名前だし、そう呼ばれる人間はうっかり八兵衛くらいしか私は知らないし、そういうプレイだと思われている可能性さえある。私の意識しすぎかも知れないけど。


「ね、今度、皆で集まるの楽しみだね!」

「うん! 紅留美とはこうして会社帰りに会えるけど、他の皆とは、ほとんど大学卒業以来だから」


 紅留美が言っているのは、最近持ち上がった、その昔からの友達グループで会おうという計画のこと。

 小学校から中学、高校、学部は違うけど大学と、ずっと一緒にいた私達だけど、流石に就職先は別々になって。

 メッセージアプリで近況報告はしていたけど、日々の忙しさにかまけて、何だか御無沙汰になっていた。

 ──紅留美だけは職場まで一緒だけど。


「ずっと会いたいとは思っていたけれど、紅茶ぐちゃは誘い辛かったし、1人だけ誘わないのも悪い気がしたし……」

「その紅茶からの提案とあれば、行かない理由が無いよね!」


 紅茶というのは、グループの1人、久地屋ぐちや紅茶ぐちゃのこと。

 グループの中で最後に内定を勝ち取った紅茶の会社は、笑えないほどブラックで、夜中までのサービス残業が当たり前でろくに休めないと言っていた。

 その紅茶からの提案とあってか、グループ全員の出席が決定している。きっと私じゃ、こうはいかない。


「こう言ったら悪いけど、私達は幸せだよね」

「うん、基本は定時だから、こうして会社帰りに会えるしね」


 紅留美の言葉に、頷いて返す。


 そう、私は幸運だ。

 それもこれも──。


「紅留美が『ハチ』って呼び始めてくれたからだよ」


 7の次の数字の、8。

 8は横にすると無限大、漢字で書くと末広がりだからと、昔、紅留美が考えてくれたのだ。

 一般的には7はラッキーセブンというほどに幸運の数字らしいけど、私にとって7は、言わば『アンラッキー7』だった。


 ──私の名前は、国府那こうな奈々なな

 7月7日生まれ。


 まず、誕生日。

 過去約60年の降水確率が70%というデータが示す通り、ほとんど雨。


 学校では男女混合の出席番号が7番の事が多く、そういう年には決まって大ケガをしていた。


 ──等々、他にも上げればキリがないけど、極め付きは小学校5年の時。

 クラスのお調子者の男子に、『7のクセに不幸な、不幸な奈々』と、名前を捩って皆の前でからかわれたのだ。

 自分の存在自体が嫌になって、皆の前でボロボロと泣いてしまって。

 そんな時に庇ってくれたのが、紅留美だった。

 そして紅留美が、『ハチ』の名前をくれた。

 ついでに、「私がだから、続き番だね」なんて言って。

 それから私の人生は特に不幸にも見舞われずに上向いている。

 になって、の呪縛から逃れられた。

 この年はグループの他のメンバーは違うクラスだったから仕方ないけど、この事があったから、私は紅留美とは特別に結び付きが強い。


「エヘヘ」


 紅留美は、照れ臭そうに笑った。


「……皆、少しは大人っぽくなったかな」


 私も恥ずかしくなって、話を逸らす。


「そう言えば紅留美、あなたが書いたがテーマのネット小説、読んだよ!」

「あ、ありがとう! どうだった──」


 そして暫し、会話を楽しむ。


 紅留美との時間が幸せなのは間違いないけど、皆に会える日が待ち遠しいのも、紛れもない本心。

 仲良し幼馴染みグループの人数は、私を入れて、7人。

 ──私にとってのラッキーセブンだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

7がアンラッキーだって 【KAC20236】 はるにひかる @Hika_Ru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ