第5話
そのあと、みんなで集合写真を撮って、無事に全部の工程が終わった。
「とんでもねぇ枚数になったなぁ」
笑いながらオヤジさんはデータの入っているノーパソを見せてくれた。画面いっぱいにオレとララちゃんが並んでいる。
「こっからある程度絞り込んで、また今度アルバムに入れる写真は相談するとして……。今はとりあえず、お疲れ様」
「源太さんもお疲れ様です。ありがとうございました」
「ありがと。楽しかった」
「二人の門出を残せて俺も本望だよ」
と話していると、
「はーい! 宴会場に移動するわよぉ~」
オレの背中を軽く押しながら麗子さんが言った。ララちゃんのドレスの裾を会場のスタッフさんが持ち上げる。
「あの、ドレス着たままですか?」
「あと少しだけ、ね?」
麗子さんはニッコリと笑ったあと、オレにさりげなくウインクをした。オレは小さく頷く。
「ララちゃん行こう」
「う、うん」
手をつなぎ、ララちゃんの歩幅にあわせてゆっくりと宴会場へ向かう。
「このあとなんかすることあったっけ……?」
「麗子さんがたくさんお菓子用意してくれてるんだよ」
「そうなんですか?」
「歌さん、あまり甘いの得意じゃないって聞いたから、甘さ控えめのをチョイスしたつもりだけど、お口に合えば嬉しいわぁ」
「楽しみです~!」
重いドアを引いて、ララちゃんを先に通す。すると、
「えぇっ⁉」
ララちゃんの甲高い悲鳴が聞こえた。何百人と入る絨毯が敷かれたホールは椅子もテーブルも隅に片付けられていてがらんとしている。本来結婚式で新郎新婦がいるステージにはスタンドマイク、アコギ、ベース、ドラム、そしてオレのキーボード。ソウタとコウノさん、ジャケットを羽織ったオヤジさんが定位置につき、自分の楽器を触っている。
「ダダ、これ……」
「ちょっと行ってくるね」
ララちゃんの額に軽くキスしてからステージに上がり、キーボードの前の丸椅子に座る。ライブの時と全く同じ配置で、いつもよりお客さんが少ないのに、今にも心臓が飛び出そう。
ララちゃんと麗子さんは最前列に置かれた椅子に座り、会場のスタッフさんは出ていき、完全にオレ達六人だけになった。
「さてさてー。改めまして、タイスケ、ララさん、結婚おめでとう!」
ソウタがマイクに向かって話し始めると、ララちゃんは小さく頭を下げる。
「タイスケとは大学からの友人で在学中から『黄色いフリージア』のメンバーとして七年間一緒に過ごしてきました。タイスケはあんまり多くを話さなくて、そういう謎めいたところがおもしろくて……って言わなくてもララさんの方がわかってますよね。演奏のテクニックもどんどん上手くなっていってて。俺の目に狂いはなかったなっていつも思ってます。だけど、バンドマンっつーと、すげぇ世間体が悪いっすよね。収入安定しないし……人によっては人間関係乱れてるんじゃないのかって心配するかもなんだけど」
咳払いをし、改めて正面を向く。
「でも、俺たちはクソほど真面目です! ひたすら真剣にやって、前しか見てないんで。このメンバーで武道館! 東京ドーム! ドラマやCM、映画のタイアップソング依頼が来るようなメジャーバンド目指したい! だからララさん、俺のワガママで申し訳ないけど、タイスケとララさんの人生の半分、俺にも貸してください!」
そう言って、頭を深く深く下げた。ララちゃんは驚きを見せながらも、すぐに笑って、大きく口を広げ、
「夫婦共々、よろしくー!」
弾けるような明るい声が会場に響いた。ソウタはニッと歯を見せると、
「よーし! 俺がまとめて幸せにするぜー!」
ジャカジャカと強く弦をピックで掻き鳴らす。
「ソウタは本当にめちゃくちゃな……。でも、そういうとこが嫌いになれねぇんだよ」
コウノさんは微笑みを浮かべて、ベースの弦を指で撫でた。ボンと、ベース特有の低音が足元から響いてくる。
「あ~! やっぱ俺の息子だ! 立派だぞ、草太~!」
「なんでオヤジが泣きそうになってんだよ!」
「そんな冷たいこと言うなよ~。俺も早くお前の結婚式が見てぇよ……」
「あーもー。俺はたぶんしばらくねぇよ! ――そろそろいけるか? タイスケ」
「おっけー」
「じゃ、この日のために俺とタイスケで作った曲聴いてください。『やりなおしの歌』!」
変わり映えのしない 毎日を何度も繰り返し
ぼんやりと終わる 一年を幾年見送っていた
放課後 夕暮れ 君の笑い声 絵具のにおいとキャンバス
大嫌いだった 青い春の日
かけがえない思い出に変えたのは 君だから
これは やりなおしの歌 口ずさめば また巡りあって
これは はじまりの歌 口ずさんで もう一度歩きだそうよ
放課後 夕暮れ 君の横顔 大切にしたい 気づく秋の日
好きだと言わなくても 続いてくと思ってたんだ
放課後 教室 君はもういない
過去で立ち尽くした僕に
差し込む光と 懐かしい笑顔
二度と離さない 離れたりしない
だから描くよ だから弾くよ 僕が出来る全てを尽くして
これは やりなおしの歌 口ずさめば また巡りあって
これは はじまりの歌 口ずさんで もう一度歩きだす
時は戻らないけれど この先進む道 おんなじだね
そう これは僕と君の歌 特別で大切な はじまりの歌
演奏が終わると、二人が拍手した。何も遮るものがないこの空間に大きく響く。鍵盤から手を離すと震えが止まらない。何年やっても、ちゃんと間違わずに弾けるかと不安に襲われる、ステージというものは恐ろしい。でも、今日はむしろ心許した人たちしかいないからこその緊張があった。それに、ソウタの力を借りつつ初めて作詞した曲だったから余計に。うまく弾けて良かった。その汗を拭く余裕もない。立ち上がり、ステージから降りる。
「タイくん、頼まれてたもの、ちゃんと持ってきてるわよ」
「ありがと」
風呂敷に包まれたレコードサイズのあるものを麗子さんから受け取り、ララちゃんの前に向かい、跪く。
「これ、ララちゃんに」
「あ、開けるよ?」
「うん」
中に包んでいたのは一枚の絵。ララちゃんの横顔と、周りに赤いバラの花。
「卒業式の日に渡せなかった絵、もう一度描きなおしてみた。構図、変えようとも思ったんだけど、も一回挑戦したくなって」
事務所でソウタと『やりなおしの歌』を制作しながら、同時に絵を描いていた。今回は油絵の具じゃなく、水彩絵の具で淡い色合いに仕上げた。麗子さんが気を利かせてくれたのだろう、キャンバスは金縁の豪華な額に入れてくれている。
ララちゃんは絵を見つめながら、鼻をすすり、目からは大きな涙がこぼれ始めた。
「あー……歌だけでもかなりヤバかったけど……泣かないって決めてたのに……」
慌てるオレに麗子さんが横からハンカチを貸してくれ、ララちゃんの涙を拭う。
「アタシ、ダダと結婚したんだね……」
「そうだよ」
「嬉しい、嬉しいよぉ……」
「それはオレもだよ。一番好きな人と一緒になれたから」
「ホント、今幸せ過ぎる……。改めて、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。いっぱい楽しいことしよう」
ララちゃんは何度もしゃくり上げながら、頷いた。
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