第4話

 オヤジさんを先頭に向かった先は教会。ソウタとコウノさんが観音開きの白い扉を開いてくれた。写真やテレビで見たことはあったけど、足を踏み入れるのは初めてだ。壁も天井も白一色。一番奥の壁面は全面ステンドグラス。入って来た光は透過し、色を帯びて室内を照らす。パイプオルガンが上手にあるが、弾き手がいない今日は静かに眠っている。

 ララちゃんは麗子さんに連れられてバージンロードの終点に立っていた。

 汚れ一つない、花嫁だけしか着れない特別な白いドレス。上半身は普段着でもよく着ているオフショル。大きく広がるスカート部分には上からレースが何重にも重なり、縁に金の刺繍が施されている。背中が開いたデザインに腰回りには編み上げのリボンと、後ろ姿まで美しい。耳の下でふんわりとまとめられた髪。その上部には小さなダイヤモンドが埋め込まれたティアラが輝きを放つ。


 ドレスは麗子さんとオヤジさんの友達であるヨっちゃんさんが仕立ててくれた。

 ヨっちゃんさんはいつも俺たちバンドの衣装も手掛けてくれている女性。亜麻色の長い巻き髪を揺らし、俺たちの楽屋にやって来る。元モデルの麗子さんと横並びに立っていると迫力さえ感じてしまう。パパパッと採寸したら去っていくから、あまりお話はしたことはなく、本名さえ知らない。わかっているのは、タカピーと呼ばれている旦那さんがいつも同行してて、生活のほとんどを海外で過ごしていること。大学生の息子さんが一人いるとか断片的なものばかり。そんな謎の多い人が作る服だけど、着心地が抜群に良い。演奏する時も腕が動かしやすく、シンプルで脱ぎ着しやすいデザインも好きだ。自分もお世話になっているデザイナーさんが制作してくれた世界で一着のドレスを大好きな女性が着て、目の前にいる。


 オレが近づいてもララちゃんはうつむいてこちらを見てくれない。静粛な場に緊張しているんだろう。

「ララちゃん、キレイ」

 そっと手を握り、膝を少し曲げて、覗きこむ。

 写真撮影ということもあっていつもより化粧は濃い目だ。もともと長くて多いまつげがさらに強調されていて、無表情だと人形のようで少し怖い。

「ララちゃん?」

「……しい」

「え?」

 ようやく顔を上げたと思うと、苦々しい表情を浮かべて、お腹をさする。

「ちょっと……お腹のとこ、苦しくって……」

「大丈夫?」

「ダダの言う通りだったよ……。思ったより消化できてなくて。お腹ポッコリ出てない?」

「出てない出てない」

「はぁ~! それならよかった」

 やっと笑ってくれた。

「ねぇ、オレ、どう?」

 両手を広げて、その場で回ってみせる。

「すっごくカッコイイ」

「ありがと」

「カッコよすぎてヤバい」

「ヤバいの?」

「マジヤバい! なんていうか……お、王子様じゃん!」

 王子様、かぁ。初めて言われた。生きてきて王子様だなんて言われることはないだろう。なんかすごく嬉しい。オレは彼女の手をもう一度とり、

「じゃあ、いこうか。おひめさま」

 と言うと周りから冷やかす声が上がる。ララちゃんは真っ赤な顔で強く握り返してきた。


 ララちゃん、オレの順で写真を撮影が始まった。オヤジさんは床に座ったり、脚立引っ張ってきて昇ったりと、いろんな角度からシャッターを切る。頭の中で構図を考えながら、表情を提案し、ポーズを自然に取らせるように場を盛り上げることも忘れない。和やかな雰囲気で進んでいく。

 雑誌やネット記事の取材を受けると、同時に掲載用の写真も撮る。その時はみんなどうしても緊張と、長時間に渡るインタビューの疲労で変な顔をしている。だけど、オヤジさんが撮影するアー写は表情がやわらかで、着飾ってなくてどれも素敵だ。

 オヤジさんは人見知りせず、初対面の人ともすぐに打ち解けてしまう。オレと初めて会った時も「はじめまして」を言う前に、「息子が増えたぞー!」とハグしてきたからびっくりしたものだ。ご縁を大事にし、長くお付き合いしている仕事仲間がたくさんいて、憧れのオトナだ。


「じゃあ、ツーショットいこうか」

 オヤジさんが機材の用意をしている間、アシスタントもこなす麗子さんがオレたちの元に駆けてきた。

「これもって」

 渡されたのは花や葉のイラストで華やかに装飾された楕円型の木のボード。今日の日付とオレたちの二人の名前が筆記体で書いてある。

「これねぇ、わたしがつくったの」

「えっ! 麗子さんすごいっすね!」

「昔、ママ友の付き合いでトールペイント習ってたことがあってねぇ。今もたまにやるの。撮影終わったらこのままプレゼントするわ~。金具付けといたから、吊って飾れるから」

「ありがとうございます!」

「家に飾るね」

 いつも綾女家兼事務所の一室に作ってくれたオレ用のアトリエで絵を描いていると、麗子さんはご飯やお菓子を差し入れしてくれる。バイトが決まらず、寝床を探してネカフェを転々と渡り歩いてるのをすごく心配していた。なんというか社長というより、お母さんのように感じている。結婚記念の写真を撮ることが決まってからというもの、場所を予約してくれたり、ヨッちゃんさんに依頼してくれたり、オレたち以上に動いてくれた。感謝しきれない。オレの今日の姿を見て、少し安心してくれているだろうか。

 大切な人が作ってくれたボードを持った構図で何枚か撮影したあと、ララちゃんはブーケに持ちかえる。ステンドグラスの壁を背景にオレとララちゃんは向かい合って立つ。

「最後のカットいくからね~。もうすぐだから頑張ってね」

「はーい」

「そのまま二人軽く額あわせて……そうそう」

 彼女の息づかいが聞こえ、合わせた額からじんわりと体温が伝わってくる。

 ああ、なんかすごく幸せだ。大好きな人たちに囲まれて、大好きな人と結婚写真を撮影している。一年前の自分に教えてやりたい。こんなにも幸せな一日が、毎日が来ると言うことを。

「オヤジさんならアドリブかましても大丈夫だよね?」

「えっ?」

 びっくりしてブーケを落としたララちゃんの唇を奪い、同時に手を引き、オレの背中に回してぎゅっと掴む。

「うおっ……!」

 というたぶんソウタの声と共に切られるシャッター。数秒後に離れると、ララちゃんは顔を真っ赤にしてオレの胸元を軽く叩いた。

「ダダ、なにしてんの!」

「せっかく教会にいるのに、誓いのキスなしなのはなんかやだなーって思って」

「だけど、でも……! はぁ~……ビックリすんじゃん」

「嫌だった?」

「……全然ヤじゃない」

 そう言うと、オレの首に腕をまわし、再び口づけをした。

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