第2話

 指定された待ち合わせ場所に着くと、そこは結婚式場だった。

 交通量の多い道路、人の流れが多い繁華街を少し歩いた場所にひっそりと佇んでいる。建物を囲う生垣。左右対称の花が施されたアーチ型の門。パっと見たらオシャレなカフェか、少しお高いレストランのようにも見える。三角屋根の上に大きく掲げられた十字架がここがチャペルだと示している。

「アタシたち、結婚式挙げるんじゃなくて写真撮影するだけだよね?」

「うん」

「スタジオとかで撮るのかと思ってたわ。でも式場で撮ってもらえるって嬉しいよね。なんか、一石二鳥って感じ?」

「一石二鳥……。そうだね、合ってる」

「え?」

「ララちゃんの言う四字熟語、なにか違う時が多いから」

「うっ……。改めて指摘されると超恥ずかしい……」

 照れるララちゃんを横目に、木で出来た重い扉を押して館内に入ると、

「おっ、来た来た。タイちゃん、ララちゃん」

 受付カウンター前に立ち、手を振っているのはオヤジさん――綾女源太さんだった。目が痛くなるサイケデリックな柄のシャツに、デニム。厳かな雰囲気漂う結婚式場で浮いているけど、いつも通りの服装を見ると、なんかこちらも安心もする。背中を覆うほど長い天パの髪を今日は団子のようにきれいにまとめている。オヤジさんが髪をまとめるのは仕事モードの時のしるしだ。

「最初にこれを言わなきゃね。――タイスケくん、ララちゃん、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「ありがとー」

「それにしても問題なく婚姻届提出できて良かった」

「書類の準備大変でしたけど、提出はあっという間で」

「うん、一瞬だった」

「婚姻届提出って、意外とあっさりしてるよね」

懐かしいと言わんばかりに、しみじみ頷くオヤジさんの後ろから、

「よぅ! 結婚おめ~!」

「お二人ともおめでとう、だな」

「わっ、ソウタくんにコウノさん! お久しぶりでーす」

「今日はタイスケのハレの日なんで。撮影見に来ました」

「邪魔しないように後ろでおとなしくしてるんで。よろしく」

 頭から足元へ視線を落とす。二人とも黒いスーツに身を包んでいる。スーツ姿なんて、バンドマンからしたらレアな格好だ。

「コウノさんは怖さ倍増して、ソウタは……普通だね」

「いやぁ……タイの素直な感想は沁みるぜ……」

「普通⁉ ロックバンドのボーカルなのに? 地味ってか? 華がねぇってことかぁ⁉」

「ソウタもオヤジさんくらい派手になったらいいんじゃない?」

「オヤジみたいなファッション……そんなの勘弁してくれよ……」

「おいおい、なんでだよ! 俺のダチが手掛けてるブランドの服だぞ!」

「服はめちゃくちゃ良いと思うよ? だけど、オヤジが着ると若作りしてる感じが……」

「まだ俺若いけど?」

「そういうところが恥ずかしいんだよ……」

 なんて話していると、

「もぉ~、草太、高野くん、それに源太も。騒がしいよぉ?」

 眉をひそめた麗子さんがやって来た。腕の部分がレースになっているエメラルドグリーンのブラウス。同色のワイドパンツは動くたびに裾が優雅に揺れる。白いエナメルのパンプスに、胸元にはパールのネックレスが光っている。

「はぁ……カッコいい……」

 ララちゃんは恍惚した表情で麗子さんを見つめている。

「あらぁ、ララさんありがとうね」

「麗子さん、さすが元モデルさんというか、本当にカッコいいし、キレイで、素敵です!」

「とっても嬉しいわ。でも、今日の主役は歌さんだからね。私の何倍もキレイになるのよぉ。楽しみねぇ」

 とニコッと笑ったあと、手のひらを勢いよく合わせる。パチンと音が館内に響いた。

「さて! 主役も揃ったし、今日はみんな頑張るわよぉ」

「おー!」と全員で拳を挙げる。

「主役のお二人から挨拶を一言ずつもらえるかしら~?」

「みなさん、ふ、夫婦共々お世話になります!」

「ふ……夫婦共々がんばる」

 まだ言いなれない四文字がこそばゆい。その様子を見て、男ども三人がニヤニヤ笑ってる。

「それじゃあ、歌さんは向こうの部屋で準備に行きましょ。タイくんはあっちの部屋ね」

「えー、ララちゃんと同じ部屋で着替えしちゃだめ?」

「更衣室は普通別々っしょ?」

「でもララちゃんの裸はもう何度も……」

「い、言わなくていい!」

 大慌てでララちゃんがオレの口を手で塞いだ。麗子さんはクスクスと笑う。

「タイくんは歌さんのこと好きなのねぇ」

「うん。大好き。だから、一緒にいれる日は一秒も離れたくない」

「ふふっ。でも、花嫁さんは準備することが多いから。それにいつもと違う歌さんを見るの楽しみにした方が良いと思うけど~」

「アタシもダダのタキシード姿めちゃ楽しみにしてんだから。ほら、ダダ、ショートケーキのいちごもいつも最後に食べてるじゃん? それと一緒。ね?」

「んー……、わかった。待ってる」

「タイくんの方が先に終わると思うから、そのあとはその向こうの控え室でお茶してて」

「はーい」

「あとでね」

 小さく手を振り、オレたちは着替えに向かった。


 控え室に入ると、

「おいおいタイスケすごいな!」

 ソウタは駆け寄ってきて叫ぶ。

 すべての工程が終わったあと、メガネをかけて、じーっと鏡を見てみた。化粧や、いつもしないオールバックの髪型にされてるから自分なのに自分じゃない感じ。両耳のピアスだけがいつものオレを思い出させてくれる。額も顔まわりもスースーして落ち着かない……。白いタキシードはカッコいいけど、シャツのボタンを上まで留めて、蝶ネクタイで絞められてて首元が苦しい。

「やっぱさぁ、タイはイケメンだなぁ」

「悔しいくらいキマってるぜ」

「そう?」

 ソファに腰を下ろすとふかふかで思ってたより沈む。慣れない服を着たり、知り合い以外の人……メイクさんたちと頑張って会話したからすでに疲れた。このまま眠ってしまいそうだ。とにかく発声して、眠気を飛ばさないといけないな。

「黒、黒、白……」

「タイ、どうした?」

「オレだけ白だから浮いてるなーって」

「……ああ! 服の話か」

「オセロならひっくり返るのに」

「そんなカッコイイ格好してるくせに話すことはいつもと変わらねぇな~」

 ソウタは一通り笑ったあと、備え付けの冷蔵庫に入っていたコーラを取り出し、コップに注ぐ。三人分入れて、テーブルに置いた。こんな場でもオレたちはコーヒーよりコーラ派。言わなくてもわかってくれる。炭酸の気持ちいい刺激で喉を潤す。

「タイスケが結婚するなんて、コウノさんは想像してました?」

「してるわけないない」

「ですよねー。今まで浮いた話一回もなかったですし」

「ほら、タイはそもそも他人に興味ないからさ」

「コウノさん正解ー」

「正解じゃねぇよ。タイスケはもっと他人に興味持てというか、せめて仕事で何度も一緒になってる人は覚えてくれよ……」

「んー、がんばる」

「そんなタイスケにずっと片思いしてる子がいたことにもビックリしたけど、偶然再会してそのままスピード婚とはなぁ。マンガみたいだぜ、ほんと」

「再会した瞬間を俺たちも見てたわけだけど、タイはよくあんな冷静だったよな?」

「びっくりしすぎて」

「七年近く会ってなくてもわかるもんなんだな」

「髪伸びてたけど、顔は変わってなかったし、それに……」

「「それに?」」

 自分の右側の鎖骨下あたりを指さす。

「この辺りに変わらずほくろあったから」

 ソウタとコウノさんは顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がった。

「おま! どこ見て……!」

「どこって鎖骨だけど……。ララちゃん、制服のシャツのボタン開けてたから。再会した日も胸元広めの服だったから見えて……」

「確認したっていうのか」

「確認というか偶然見えた」

 そう答えると二人は座りなおし、頭を抱えた。

「ララさんみたいな『陰キャにも優しいギャル』なんて天然記念物だと思いません?」

「ソウタもそう思ってたか。俺もずっと思ってた。男が夢見る青春って感じで……」

「あー! 羨ましい! ヤケコーラだ!」

「ソウタ、もっとコーラを注げ!」

「あ、オレもコーラ、おかわりほしい」

 グラスを差し出すと、ソウタは「はいはい、入れてやるよ!」とコーラを注いだ。

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