彼と彼女と可愛い彼のラブコメ
川田戯曲
第一話(中学生編)
「ねーねー。二人はもう、夏休みの宿題終わらせた?」
八月も半ばを過ぎた、中学二年の夏休み。
私――
すると、どことなく精悍な顔立ちをした、運動が得意そうな印象を受ける男の子――
「え、宿題なんて出てたか?」
「いやいや、夏休みに宿題が出てない訳ないでしょ。ほんと、剣次はバカだよね」
「でも、筋肉質だぞ?」
「だから何なのよ。何で筋肉質ならバカでも許されると思ってんのこいつ」
「……ふんっ」
「いきなりTシャツを脱いで無言でダブルバイセップスすんな。言語で反論してこい」
「お前は知らないかもしれないがな、琴美――筋肉は言語だ」
「知るか。そんな一部のマッチョにしか通じない言語じゃなくて、日本語で喋れ。それができなきゃ日本から出てけ」
私がそう冷たく言い放つと、剣次はしょぼんとした顔をしたのち、そそくさとTシャツを着て作業に戻る。私がそれを見てくすくす笑っていたら、今度は女の子のように可愛らしい顔立ちをした、ひ弱そうな印象を受ける男の子――
「僕は夏休みの宿題、もう終わらせたよ」
「うそっ! 翔太って別に真面目な性格でもないのに、なんか意外かも」
「うん。お兄ちゃんに千円払って、近所のダイちゃんにも五百円払って、宿題の一部を手伝ってもらったから、それでなんとかね」
「ズルしてんじゃん。お金で宿題終わらせてんじゃん」
「僕は宿題を終わらせるためなら、ズルくらい平気でするぜ」
「なんで悪びれる様子ゼロなのよ……ちゃんと自分の力だけで宿題を終わらせようとしている私に、よくもそんなことが言えたわね!」
「ねえねえ琴美ちゃん。いまなら僕の助力が千五百円で受けられるけど、どうする?」
「私を悪の道に誘わないで。私は私の力だけで宿題を終わらせるもん!」
「琴美ちゃんなら特別に、友達価格でやってあげるよ。――千三百円でどう?」
「二百円しかお得にならないとか、友達割引渋すぎでしょ。私達の友情はそんなもんかよおい」
私はそう言いつつ、我らの友情を軽んじた翔太の肩をパンチする。すると彼は、「ちょ、痛いよ琴美ちゃん」と言いながら微笑したので、私もそれにつられて、くすくす笑ってしまうのだった。
「まったく、うちの男どもときたら……」
「というか……そういう琴美は、夏休みの宿題、もう終わったのか?」
「もちろん、まだよ」
「終わってないんだ……じゃあ、ズルをした僕や、宿題があるのを忘れてた剣次のことを笑えないだろ」
「笑ってなんかないわよ。そうじゃなくて私は、どうせマトモに宿題なんかやってない二人にこの話を振って――あんた達のダメ具合を聞いて、自分を落ち着かせたかっただけだもん!」
「自分より下な人間を見て自分を慰めたかったんだね。最低だね」
「お前ももっと筋肉つけろ筋肉。筋肉さえあれば自分に自信が持てて、そんな性格が悪いことをする必要はなくなるぞ!」
「うっさい。私はこういう性格の私が嫌いじゃないんだから、ほっといてよ」
私がそう言うと、まず剣次が「かははっ」と快活に笑い、それにつられたように「くふふっ」と翔太が楽しそうに笑った。……そんな二人を見ていたら、私の頬もいつの間にか、だらしなく緩んでいた。
いつもと変わらない、ありふれた一日。
今日も今日とて、明日になったら忘れてしまうような、どうでもいい話を二人とする。――そんな気の抜けた時間こそが、いまの私が大切にしている、宝物だった。
ちょっとだけバカな、でも心根が真っすぐな剣次。ちょっとだけ意固地な、でも他人の気持ちがわかる翔太。この二人と過ごす何でもない毎日が、私にとっては掛け替えのない今日で――そんなことを、この二人も思っていてくれたらいいなと、私はそう思った。
「よし、完成したぞ!」
そんな、いつもだったら考えもしないセンチなことを思っていたら、剣次がふいに、そう叫びながら立ち上がった。
なので私は、彼の前へと回り込み、空き地の地面に置かれたそれを見つめる――そこにあったのは、ここ数日みんなで作成していた、ペットボトルロケットだった。
企画の発案者は私。いつも通り三人で翔太ん家のテレビを見ていたら、とある科学実験系のバラエティで、このペットボトルロケットを扱っていて……それを見た私が「これやりたい!」と言ったら、そんな私のわがままを、すぐさま二人が叶えてくれたのだ。
「ねえ、上手くいくかな?」
「ああ、きっと上手くいくに違いねえぜ!」
「剣次は楽観的だなー……上手くいかないかも、って思っておいた方が、上手くいった時により嬉しいし、失敗してもあまり凹まないから、お得なのに」
「おい翔太! やる前から失敗のこと考えんな! 成功のことを考えて、成功する! それが俺達のベストアンサーだろ!」
「……お前は本当、真っすぐでカッコいい男だな。――ただ、『俺達のベストアンサー』とかいうワードは意味わかんないしクソダサいけど」
「おう、カッコいい男って言ってくれてサンキューな!」
「いいところだけ聞いてんなこいつ……いつか僕もこうなりたいよ、ふふっ」
翔太はそう呟きながら、憧れるような目で剣次を見つめる。
私的には、翔太は翔太で良いところがいっぱいあるんだから、剣次みたいになる必要はないと思うんだけどな……。
私はそんなことを思いつつ、翔太の家から持ってきた自転車の空気入れで、ペットボトルロケットに空気を送り込む剣次を見やる。しゅこしゅこしゅこ! 空気を送れば送るほど、どんどん膨らむペットボトルロケット。そろそろ発射しそうかな、というくらパンパンになったところで、剣次が私を手招きしながら、こう言ってきた。
「ほら琴美。あとはお前に任せた」
「え……いいの?」
「もちろん。琴美ちゃんがやりたいって言ったんだから、君が飛ばしなよ」
「……本音を言えば、俺もやりたいけど……」
「剣次」
名前を呼ばれつつ、翔太に脇を小突かれる剣次。それを受けて剣次は、「ま、まず最初は琴美な! 次は俺の番な!」と言いつつ、その場からどいてくれた。
なので私は、空気入れの取っ手を持ち、それをぐいっと奥に押し込む。「おおっ……」押し込む取っ手の固さからも、もう間もなくこのペットボトルロケットが容量の限界を迎え、発射されるのを感じさせた。
「うおおおおおおお! いけええええええ!」
いきなりテンションの上がった剣次がそう叫ぶ。そしたら、その叫びに何故か私もテンションが上がってしまい、「おりゃあああああああ!」と呼応しながら、空気入れを何度も何度も押し込んだ。しゅこしゅこしゅこしゅこ! 「ここは動物園かな?」という翔太の野暮なツッコミを聞き流しつつ、私は空気を送り続ける。そしたら――。
ぷしゃー! という破裂音が響くと同時、発射されるペットボトルロケット。
それは驚くほどの速さで発射台から飛び出すと、大量の水を噴射しながら、空高く舞い上がっていった。――照りつける太陽の光を反射して、きらきらと光るペットボトル。大空を裂いて飛んでいくそれを見た私達はそれぞれ「わーーーー!」「うおおおおお!」「おおっ……!」と、いつの間にか声を上げていた。
それから、途中で推進力を失ったペットボトルロケットは綺麗な放物線を描きつつ、近くの森の中へと落下する。それを見届けた私達は、お互いの顔を見合わせたのち――みんなで満面の笑みを浮かべて、ハイタッチを交わし合うのだった。
「やったぞ、琴美、翔太! 成功だ! うおおおおおお!」
「イエーイ! やったねあんた達!」
「イェーイ! ……って、ちょ、痛い……! テンション上がってるからか、二人ともハイタッチが痛いんだよ! 体を鍛えてる剣次はともかく、琴美までハイタッチが痛いってどういうことなのさ……もしかして琴美の正体って、メスゴリラなのでは?」
「あ?」
「ご、ごめん、言い過ぎた……! マジで謝るから僕の肩を凄い握力で掴むのやめて痛い!」
「落ち着け琴美! 俺はメスゴリラ好きだぞ!」
「私がメスゴリラだというのをまず否定しろこのゴリラ!」
私達はそんなやり取りをしながら、ぎゃーぎゃー騒ぎ合う。本当、くだらなくて馬鹿みたいなんだけど、こんな風に三人でいられる時間が、私は本当に大好きで――。
だからこそ、この時の私は、考えもしなかった。
ずっと一緒にいられると思っていた私達が、いつの日か。
こうして三人で笑い合えなくなる時が、来てしまうなんて――。
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