ジンクス

ひろたけさん

第1話

 正式になべから告白された。


 恋愛なんてしたことなかった俺に訪れたまさかのモテ期? いや、でも男からモテても嬉しくないだろ。


 困ったなぁ。


 田辺のことは嫌いじゃない。でも、いくら好きと言われても、キスされても、男と恋人になる自分が想像出来ない。一方で潔く断ることも出来ず、ずるずる答えを一週間も先延ばしにしてしまっていた。


 そうか。今日で田辺に告白されてから七日。七……。


 世間一般の人間は七という数字をラッキーセブンと持て囃す。でも、俺にとってこの数字は鬼門だ。


 幼い頃、七月七日の七夕の日に、幼稚園の七夕の会でお漏らしをしてクラス中の笑い者にされた。


 小学校の運動会のリレーで七番目の走者に選ばれた俺は、張り切って走り出してすぐに靴が脱げ、盛大に転んでビリになった。その時のチーム数は七チームで、俺たちのチームは成績を表示するボードにデカデカと七の数字を掲げられた。


 中学校での出席番号は七だった。クラスの席は一列六人で右から二番目の列の最前列が俺の席になった。教卓から目と鼻の先の席に座らされた俺は、教師の監視の目を一日中受け続け、内職や居眠りをする余裕が一切与えられなかった。


 そして、今日も俺には何か不運な出来事が起こりそうでソワソワして仕方がない。きっと田辺とのことで。


 しかも、俺は教室で七という数字と可愛いイルカの絵がノックパーツに描かれたシャープペンシルを拾った。


 こんな可愛い絵柄のシャープペンシルを使うのは、女子に違いない。参ったなぁ。


 俺は頭を抱えた。ただでさえ田辺のことで頭が一杯なのに、女子にこのシャープペンシルの持ち主を聞いて回らないといけなくなったなんて。俺、女子苦手なんだよ……。大して親しいやつもいないしさ。ホント、ついてない。


 俺は羞恥心を押し殺して、クラスの女子にそのシャープペンシルを見せて回った。だが、誰一人、その持ち主だと答える者はいなかった。


 本格的に困ったことになった。これでは、捜索範囲を学年全体に広げなければならない。いや、もしかしたら先輩や後輩が俺の教室を訪ねて来た時に落としたのかも。そしたら、この学校全員の女子生徒に聞いて回れってか? 勘弁してくれよ。


 俺はぐったりして窓辺に向かい、大きな溜め息をついた。


 すると、そんな俺の肩を後ろから誰かが叩いた。


「はい、何か用ですか?」


 俺が気怠い返事と共に振り返ると、そこには頬を赤く染めた田辺が立っていた。何やら恥ずかしそうな様子で、俺の前に手を差し出して来る。


 俺は俺で、まさかの田辺の登場に顔が赤く染まり、息が荒くなった。


「それ、俺の」


 田辺はぶっきらぼうに言って、俺の手に握るシャープペンシルを取り上げた。


「え? ええ!?」


 まさか田辺のものだとは思ってもみなかった俺は、思わず叫んだ。


「シーッ!」


 田辺は慌てたように俺の口に手を当て、俺を攫うように空き教室に連れ込んだ。


 田辺が扉を閉め、ガランとした教室は俺と田辺二人だけの空間となる。無性に胸がドキドキして仕方がない。


「お、お前さぁ、俺の告白への返事はもう固まったか?」


 田辺はどもりながら俺に聞いて来た。俺は口ごもる。


「え、ええと……。まだ……」


「そうか……。無理なら無理でいい。俺に気を遣わなくていいから」


 田辺は弱冠気落ちしたように肩を落とした。俺は慌てて首を横に振った。


「違う! 無理とか、そういうのじゃない。ただ、わからないんだ。何で俺なんか好きになってくれたのか。俺、田辺とほとんど話したこともないし、接点ないじゃん。なのに、何故?」


 俺の問いに田辺の顔が再び赤らんだ。


「接点なら、一度あっただろ。覚えてないのかよ」


 田辺は俺に、一年前の修学旅行であった事件を語った。訪れた水族館の土産物コーナーでイルカのぬいぐるみを買おうとしたのを友達に見つかり、囃し立てられていた所を俺が助けたというエピソードを。


 俺はそんな下らないエピソードなどすっかり忘れていた。だって、あまりにも田辺の友達が低レベルで呆れたという感想しか持たなかったから。田辺も何でそんなやつらと律儀につるんでいるんだよ、と呆れたことが蘇って来た。


「あの時、俺は嬉しかった。俺、自分に自信なくて、好きなものを好きと主張することも出来なくて、あいつらにまともに言い返すことも出来ない自分が情けなかった。でも、そんな俺に朝倉あさくらは言ってくれただろ」


『田辺の好きなものは好きでいいじゃん。別に恥ずかしがることないんじゃね? そのイルカ、可愛いじゃん? 俺も好きだよ、イルカのぬいぐるみ』


 そういえば、俺に迷惑をかけたと恐縮する田辺に、そんなセリフを投げかけて慰めた気がする。


「俺にとって、朝倉のセリフは救いだった。俺は俺らしくいていいんだって思えた。ずっと俺は仮面を被って生きて来たから。誰から見ても普通の男でいられるようにしなきゃって。俺って、ほら。好きになるの、男だし、余計にな」


 照れ臭そうにそう俺に語る田辺の赤く染まった顔は、クラスの皆の前で見せるクールな印象とは裏腹にとても可愛かった。田辺がそんな可愛い表情を見せてくれるのは、俺の前だけなのかもしれない。そう思うと、田辺がどうしようもなく愛しくなった。


 だって、俺の何気ない一言が田辺をそこまで変えていたんだよ? くすぐったすぎるだろ。それに、そんな田辺がいじらしくて仕方がない。


「それから、俺にとって、イルカはラッキーアイテムなんだ。このシャーペンもラッキーセブンと合わせて縁起がよさそうだなと思って買った」


 いつもはクールキャラを決め込んでいる田辺の乙女チックな思考回路が可愛くて、俺の心はくすぐられっぱなしだ。


「で、でも、何であの時お土産に買ったのがイルカのぬいぐるみだったんだよ。田辺ってそんなにイルカが好きだったのか?」


 俺は自分の内心を悟られないよう、そんなどうでもいい質問を口からポロっと零した。すると、田辺はこれまでで一番可愛い照れた表情を見せた。


「だって、可愛いじゃん」


 田辺がそんなに可愛いモノ好きだったなんて。そんなのありかよ。反則かよ。てか、むしろそんなお前が可愛いだろ。


 その時、次の授業の開始を知らせるチャイムが鳴った。田辺はそれまでの可愛い照れた表情を一変させ、いつものクールな雰囲気を取り戻す。


 そして、俺の耳元で囁いた。


「シャーペン、拾ってくれてありがとうな」


 その声のクールな響きに、田辺の可愛さに緩みまくりだった俺の背筋がゾクリと反応した。


 俺が何も返事が出来ないでいると、田辺は俺を置いたまま空き教室をさっさと出て行ってしまった。


 何だあれ。可愛くてたまらないと思っていたら、最後の田辺はいつになくカッコいいじゃんか。何、俺。もう、心臓が破裂しそうだ。顔が熱い。身体も燃えるようだ。


 俺の全身が田辺で満たされる。


 最悪だ。だから言わんこっちゃない。七なんて碌な数字じゃないって。ラッキーセブンなんて俺にとっては凶運でしかないのに。


 このままじゃ、本当に田辺のこと……。


「俺も田辺のこと好き……」


 俺の口からポロリとそんな独り言が無意識の内に漏れたのだった。

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ジンクス ひろたけさん @hirotakesan

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