第44話 2029年の思い出

『コメント読みました。返事が遅くなってすいません! でもほんとにうれしくて――』


 距離感の測り方を知らない僕は、自分の衝動に従ってつらつらと長文お礼を送ったんだ。

 出来ればここは忘れたいけど……


 でもコメントを入れてくれたカヨはそれを上回る長文で、コメントを入れたモデル以外でも僕の作品をよく見てくれていることが伝わる、素敵な文章を送り返してくれたんだ。


 そんな些細なきっかけからたわいもないメッセージ、時にネット通話をする日々が続いた。

 初めてのネット通話ではカヨの声が女の子だったので、驚きを隠せず思わず「生体チップで変えてるの?」なんて失礼なことを言ってしまった。

 カヨは笑っていたけど……

 僕にとっては生きて来た中で一番と言い切れるほど充実した時間だ。


 ある日、モデルを見て回っている経緯の話題となった時、カヨは自分が着るVTuberのモデルを僕に依頼したいと伝えて来た。


 バイトで貯めたお金はあるが依頼料の相場に届いていない、ということで行く行くは貯まった時に……ということを伝えたかった――と言うことくらいは僕でも理解ができた。


 でも……


 彼女は母親を幼い頃に亡くし、父親と姉と暮らしてはいるが、決して余裕のある生活というわけではない。会話の節々からそんな推測が簡単にできたがそれを直接言葉にするのは野暮もいいところだ。


 そして……僕が作ったモデルを見て、なお僕に依頼をしてくれること自体が誇らしく、何よりも……うれしかった。

 だから僕はプロトタイプとして作るという名目でお金はいらないと彼女に伝えたんだ。


 彼女にしてはめずらしく頑なに拒むような返事が幾度も送られてきたが、僕の懸命な説得で条件付きだが、ついに了承を得ることとなった。


 僕は浮かれて公開を忘れていたTypeβモデルのパーツや骨組みはそのままに、キャラモデルをカヨの要望に沿って作り直す。


 自分で言うのもなんだけど、後に規制されるTypeβを利用したこのアバターの出来は他のアバターと一線を画すと言ってもいい。

 印象が変わらない程度に毎秒自分をアップデートし、利用者の目的に沿った形で洗練されていく。


 2030年に政府主軸のAIがこのプロトタイプであるTypeαを利用することになる。そしてαよりも明らかに優れているTypeβは規制されることとなったが、2030年までに利用していた場合のみ政府に申請することで利用し続けることが可能となったんだ。



 イラストは描けないと言っていたが、カヨの中のイメージは細部までしっかりと考えられていて、僕が簡易的なイラストに起こすと具体的な修正案が飛んでくる等、僕は初めて共同でモデルを作る喜びに打ち震えたことをよく覚えている。


 カヨの熱意を余すことなくつぎ込んだTypeβモデルは、結局僕が普段作るモデルの3倍ほどの時間を要することになったが、ついに完成した。


 そして……


 モデル作成の最初に伝えられた条件を守るべく、僕はモデルデータを薄型情報端末カードに保存すると数年振りに家を出た。


 カヨが出した条件。

 それは、直接モデルを受け取りたい。という条件だった。

 ネットワーク経由なら数秒で終わることだが、カヨはそこだけは譲れないと。

 さらに言えば、受け取りに来る、と言われたが僕の混沌を極めた部屋に呼べるわけがない。

 

 頼み込んだ結果、互いの中間地点になる駅のファミレスで会うことに決まった。

 1時間前に到着した僕は乾ききった喉をドリンクバーで潤すために何度も往復していると、窓の外から1人の女の子が中を覗いていることに気が付いた。


 めちゃくちゃ可愛い……なんだあの子……

 あくまでも僕個人の意見だけどね。

 ちょっとふくよかで見る人を和ませる、そんな雰囲気の女の子だ。


 いつまでも見惚れているわけにも行かないため、僕が席に着くと薄型情報端末カードに連絡が入る。

 僕が咄嗟にそのメッセージを見て窓の外に眼を向けると、あの女の子が目を輝かせて僕を見つめていたんだ。


「何度もお話してたのに、こうしてお互いの顔を見るのは初めてですねっ」


 僕を見つけたカヨは駆け足で店内に入り、僕の対面に腰を下ろした。


 完全に想定外だ……


「こうしてお会いするのはなんか照れますね。私『カヨ』です。本名は詩布 香夜かよと言うんですが、呼びやすいほうで呼んでくださいっ」


「――え……えっと苺谷……です。初めまして……」


 とてもではないが、いつもの通りになんて話せない。

 そんな僕を見たカヨが頬を緩ませていたことは、忘れることができない思い出だろう。

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