第32話 14時02分 共犯

「――いっ!! ってェーーーー!! いだいぃいぃ!! くそったれがァーー!!」


 狼の叫び声が銃声を塗り潰すように響き渡ると同時に、通路の奥へと駆け出した。

 獣耳少女もそれに追従していく。


 1人取り残された僕は横目に映っていた白髪のアバターへ首を回しその姿を正面から捉えた。

 今、こっちから来るのは1人しかいない。

 そう、侍を殺したガレットだ。

 こんなことならガレットの口車に乗るべきだった。


 サブマシンガンを携え一歩、また一歩と近寄ってくる。

 だが、サブマシンガンは狼に命中したはずだ。


 だから……他の武器でなければ僕を殺すことはできない――ッ!!


 僕は膝立ちの姿勢から一気にスタジオ内へ転がり込む。

 急いでポーチからハンドガンを取り出し右手に持つと、フライパンを左手で眼前に据えた。


 意識して呼吸を深く保ち鼓動を鎮めようとするも、無駄なことだとは分かっている。

 そこで足音がスタジオの入口前で止まった。


 入口脇に腰を下ろしたままの僕は、なるべくフライパンに隠れるよう最大限に身を縮めると同時に入口とほぼ平行に銃口を構えた。


 その直後――

 白い影が入口から現れる。

 それは銃ではなく顔を覗かせたガレットだ。


 こいつほんとに何考えてんだ……トリガーに力込めてたんだぞ……


「これ……ねずみさんの……?」


 そう言ってガレットは狼たちとの遭遇で手放したハンドガンを僕に見せる。


「え……ああ。そ、そうだよ……」


「ん……」


 僕の言葉に頷いたガレットは銃身を持ち、グリップ側を僕に差し出した。

 ハンドガンを受け取ると僕は思考の中で咀嚼もせずに、ありのままの気持ちを発した。


「何を考えてるの……?」


 行動すべてが不可解であり、具体的な質問に落とし込むことができない自分に歯がゆい気持ちが沸き上がる。


「え……?」


 想定外とでも言いたげに首を傾げるガレット。

 一度通路に顔をだし左右を確認すると、しゃがみこんで僕の前にちょこちょこと歩いてくる。


「だから……え……なんで僕にハンドガンを? いや、なんで普通に側に?」


「え……? だってさっき……お互い狙わないって約束したよ……? 約束は破っちゃダメ……」


 本心だったのか……?

 こいつ……いや、この子はさっきの約束を行動で示した……のか?


 僕はガレットに対して自らが取った行動全てが急激に恥ずかしくなった。

 そしてこの言葉と行動は僕の知るガレットそのものだ。

 約束を破る。噓をつく。そんな相手にはどこまでも非情になる反面、正直者に対しては分け隔てなく信頼を以って接する。

 そんな危ない性格で騙されることは幾度もありはしても、挫けることなく前に突き進み人気を勝ち取ったんだ。


 でも……もうこの子が本物かどうかを考えるのは止めよう。

 この子が今、信用できるかどうかを考えるべきであり、少なくとも共犯者となるなら、この子以外にいない。

 それだけは僕が自信を持って言えることだ。


「ごめん……そしてあんな態度をとったにも関わらず信用してくれてありがとう。きみがいなかったら僕は死んでいた。本当に心の底から感謝してる」


「ううん……いいよ……それじゃ……一緒にいこう」


 僕とガレットは立ち上がる。

 本来というのもおかしいが、ここで力強い握手の一つも交わしたい所だが、それをすれば2人揃って痺れ……――ん?


「うん。気を取り直して改めてよろしくなんだけど、その手……」


「これ? これは軍手……これしてれば困った時に相手をぐいって跳ねのけられる……誰かに触ったら外さないとだけど……」


 緊急時の利便性は分かるけど50万だぞ……どれだけ投げ銭をもらったんだ……

 僕はそんな気持ちを口に出すことをぐっと堪え、頷くだけに留めるも、ガレットは疑問符を頭の上に浮かべながら僕の顔を見つめていた。

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