第31話 13時51分 弱み

 狼の言葉にアバターでありながらも、苦々しく歯を軋ませる獣耳少女だが、僕から銃口を逸らすことはない。


「おいっ……お前さ、薄型情報端末カード持ってる?」


 僕は眉間に皺を寄せながらも頷く。

 すると、狼のハンドガンが硝煙を上げると共に、僕の左手に激痛が走った。


「い――いぎぃッ!!!」


 狼の撃った弾は僕の左手の平に穴を開ける。

 突然の激痛に左手を抱え込むようにうずくまるが、


「口があるんだから横着すんなよ。あと……早く手をあげ直せ。下げんなよ」


 傷口が燃え続けているような痛みの中、震える手をあげると左手から滴る生温かいものがスーツの袖に浸透していく。


「それで? 持ってんだっけ?」


「持っています……」


 俯き気味に視線を落とし喉を震わせる。


「どこだ?」 


「背中のポーチの中に……」


 ポーチの中にはハンドガンも一緒に入れてある。

 こいつの躊躇の無さ。

 一刻も早く事態を好転させなければ僕は目的を果たすことなく、あっけなく最後を迎えることになるだろう。

 僕が死んでいいのは復讐を果たしてからだ。


 だから……それまではどんなことをしても生き残るんだ……


 僕が右手をポーチに動かした瞬間、狼のハンドガンが、ぱん、と殺傷能力に似合わない軽い音を立てた。

 放った弾は僕の頬肉を抉り背後の壁で跳弾する。


「うぎッ!!! ぐぅぅぅ……――ッ!!」


「腕を下ろすなっつーの。学習しねーやつだなぁ……」


 両手が下がらないように体を硬直させるように力を込める。

 だが、抉られた頬はまるで火箸を突き刺されているかのように熱い。


「お前が女だったらそこの肉奴隷みたいに生かしててもいいんだけどよ~体の使い方が完全に男だもんなぁ……しかも運動音痴のおまけつき」


 僕は痛みを堪えることに精一杯で相槌をを打つ余裕さえもない。

 だが、そんな僕の姿があまりに滑稽だからなのか、口角を上げながら僕を見下ろしている。


「でもなぁ……このくそゲームの場合、触れねーからなぁ……こいつくっそ美人なのにほんと使えねえルールだよなぁ……しかもアバター脱がすこともできねーし」


 この獣耳少女は恐らくこの狼に薄型情報端末カードを拾われたんだろう。

 この男の言動からして、罪は暴行罪じゃないのか? というよりも僕が拾った薄型情報端末カードこいつのものじゃないか?


「まぁがっつり恥ずかしい事実も知っちゃったから、クリアした後のお楽しみっつーのも興奮すっけどなっ! フランちゃんも今からワクワクすんだろ? あっ――」


「止めて!! 言うこと聞くから何も言わないって約束したじゃない!!」


 フラン……? 梨藤フランか? あのインフルエンサーの?

 たしかに見た。レストランで食事をした時に居たことをはっきりと覚えている。

 プライベートじゃなくて犯罪者プレイヤーとして泊まっていたなんて……


「あ~わりわりい。つい嬉しくて自慢したくなっちゃってな? どうせ配信時はマスクされんだからいいべ?」


「ふざけないで! こいつが聞いてるじゃない!! 早く殺してよ!! それに約束守れないなら私だってもう限界よ!!」


 狼の態度は獣耳少女の烈火に油をなみなみと注ぐだけだ。

 そして、獣耳少女もこいつの罪の目星がついてても、告発に踏み出せないのは確証が乏しいからだろう。


 他の罪で捕まったとしても余罪で一緒に積まれているはずだ……

 でも、命を賭けるにはやはり確証がなければ行動のハードルはグンと高くなる。

 なまじあの白スーツのように人の行動を読み解くことに長けていると自惚れていなければそうそう告発は使うことができない。


「ふ~ん。限界だとどうすんの? その死体撃ちしたハンドガンじゃ俺は撃てねえって知ってるっしょ? 白スーツくん死んでなお撃たれるなんて可哀そうにねぇ……」


 ならば、獣耳少女のハンドガンは僕を撃つこともできない――

 あくまでも牽制のために持たせていたってことか……!


 僕が思考の渦に活路を見出そうとする中、獣耳少女は狼の返答に押し黙ったままだ。


「あ、限界って……早くクリアして可愛がってほしいってこと? っつーかそういう意味……だろ?」


「え……あ……そう……です」


 弱みを握ればしゃぶりつくす。

 ここまでアバターが似合ってるやつは見たことがない。


「よーし! やる気出てきたぁ~! ――で、もうお前いらないからバイバイな」


「や……やめっ……――ッ!!」


 あっさりと決定した僕の結末。


 直後、乾いた銃声が何発も小気味よいリズムで通路に響き渡った。

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