第20話 10時02分 初日終了

「げェ――ッ!! うげェ……!!」


 食べた物は軒並み吐き出したかもしれない。

 いくら視覚を誤魔化されていようとも、あの不快な感触と生温かさ、そして鼻腔にねっとりとこびりつくような異臭の前では意味がない。


 吐いている最中もがき苦しみ抜いていた婦警も今はうつ伏せのままピクリとも動くことはなくなっている。

 そこで僕の持つ薄型情報端末カードが震えた。


 ホログラムメッセージだ。

 今回はあいつの顔を見ないで済むと考えると少しだけ気が楽になった。


 メッセージ内容は……

『アバター見せは終了しましたぁ~! 時間を守れないおバカさんが死んじゃったけどまぁしょうがなぁ~い! これから部屋に戻ってもらい個人配信の準備に取り掛かってもらいまぁ~す!』


 個人配信は犯罪者プレイヤーが一方的に喋り、自分に投げ銭をもらうためのコンテンツだ。

 視聴者のチャット欄を確認することはできず、反応を伺うこともできない。


『ちなみに明日からフィールドは1階と2階のみにします! 今日は奇襲をしてほしくて何も制限しなかったけど、客室階含めてたら多すぎちゃったっ。明日からはスタートの12時までに1階、または2階にいること! 終了時刻は18時! 守らないとぼ~んっだよ~! それじゃ~ね~!』


 12時までに……ようするに潜んでいてもいいってことだろう。

 時間外に攻撃は論外としても、他の犯罪者プレイヤーを見張るのは許されそうな物言いだ。


 でも、まずは個人配信だ。

 結果的に人を殺すことになった僕は心の底から来る震えに寒気が止まらない。

 押しつぶされそうになった心を歯を食いしばりながら耐え忍ぶ。


 全ては……明日からの本番のため。


 そして、この拾った2個の薄型情報端末カードに僕の望むような情報が入っていれば……


 最後に婦警に視線を送り僕は客室へと歩き出した。



 部屋に戻るとそこに居たのは黒直里かしすさんだった。


「初日の生き残りおめでとうございます。お召し物が汚れたでしょうから、こちら明日用のスーツになります」


 同じタイプのスーツがテーブルの上に畳んで置いてある。

 提携どころか、がっつり絡んでるのかよ……


「まさかここがフィールドになるとは思っていませんでしたよ……」


 特に返事を期待したわけではないが、つい愚痴にも似た呟きを零す。


「おかげ様でPriTube《プリチューブ》が大盛況なので、こちらのホテルは立て直すんですよ。せっかくなので有効に利用した、というところですね」


 微笑みを浮かべながら丁寧な説明が返ってきたことに驚きを隠せない。

 黒直里かしすさんもそんな僕に気が付いたのか、一呼吸置くと口を開く。


「こちら個人配信向けのセットです。そこのソファーに座って配信できる位置にしてあります。起動すれば勝手に配信が始まりますので」


「これは時間指定なしですよね?」


 あのプリムクソPTuberのやることだ。確認できることはしておくに超したことはない。


「はい、ご自由にどうぞ。ですが、視聴者様から投資頂いたお金で購入した武器の選択時刻は明日朝の4時まで。配布時刻は1時間後の5時です。それを念頭に置いておくことをお勧めします」


「分かりました。部屋の外に出るのは自由ですよね?」


 ここは重要だ。これで待ち伏せできるかどうかも決まってくる。


「自由に出て良いのは武器を受け取った後、6時からとなっています。もちろん12時まで戦闘行為は禁止です。なので、今日のお食事はルームサービスをご利用ください。そしてよろしければ質問はシャワーを浴びてからでいかがでしょうか?」


 すでに鼻が麻痺している僕。そして微笑んだままの黒直里かしすさんを見て自分がどういう姿なのかを忘れていた。


「――あ……はい……そうさせてください」


 一度自分の血塗れの手に視線を落とした後、バスルームへと向かった。

 黒直里かしすさんは黙って僕の後ろ姿を見届けるだけだった。

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