第09話 2032年3月21日(日)晴れ
「……ん……ん~……ん!?」
目が覚めると僕は見慣れない光景に一瞬戸惑うも、現状を思い出すことができた。
マットレスだけで30cm以上のボリュームを誇るベッドに恐る恐る横になったところで眠ってしまったらしい。
ちょっとどころではなく普通に一晩眠ってしまった……
疲れもばっちり取れた、とは言えないが眠る前よりも格段に冴えていることだけはたしかだ。
僕は軽く頭を振った後、洗面所で顔を洗い気持ちを引き締めた。
こういうホテルの設備を『洗面所』って言うのはなんだか気が引けるけど、普通なんていうのだろうか……
そんなバカなことを考えながら、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し、備え付けの椅子に腰かけた。
ゲームまでにやらなければいけないことの整理だ。
1つ目はアバターの選択とそれにマッチした声を決めること。
2つ目は過去の配信を見て、行動を覚えること。
3つ目は最近起こった事件になるべく目を通すこと。
ゲームがどのような場所で開催されるかは直前まで不明な以上、過去の開催場所も調べておいた方がいいだろう。
森や無人島などの野外も過去は多く選ばれていたらしいが最近の傾向は違う。
大人数の場合、廃校や閉鎖した遊園地、わざわざゲーム向けに作られた迷路なんていうこともあったし、少人数の場合は図書館やシャッター街となった商店街なんていうこともあった。
さらには軍の演習場を使ったこともある。
ダメだ……まったくアテがつかない……
こんな分からないことに脳のリソースを割いてる場合じゃない。
僕は気持ちを切り替えアバターを選ぶべく、部屋に備え付けの
親指で
ネット系はゲストアカウント的なことを言われていたが、たしかに僕のゲストアカウントの番号として『25965』と表示されていた。
これは単純に僕の
警察署で告げられたのでよく覚えている。
連番になっているわけではないようで、番号の振り分けの仕組みは良く分かっていない。
トップ画面に無駄に可愛いアイコンの存在を見つける。
見たことがないので、出演者向けのアプリなのだろうか。
開いてみるとゲストアカウントに反応したのか、『和風ツキナ』というPTuberキャラが画面外にポップして初期説明がつらつらと流れ出す。
はきはきとした聞き取りやすい音声だ。
『卯月プリル』のような無駄にいらいらさせる甘ったるい声ではない。
甘ったるい声はルネ姉だからこそ価値があることを知らないやつらはこれだから……
そんなことを考えていると説明が終わったようで、アバター選択画面に遷移する。
選択できるアバターは組み合わせも含めると無限だ。
このアバターは、高頻度でコンテストが開催され選ばれたデザインが追加となる。さらにうれしいのは一度デザインが採用された場合、定期的に運営からアバター作成の依頼が来ることになるのだ。
しかも依頼料とは別に利用されればされるほど、利用料という名目でお金が支払われる仕組みになっている。
僕がここまで詳しいのは僕自身のデザインも、コンテストで選ばれたことがあるからだ。
正直僕が食いつないでいられるのも、今となっては悔しいばかりだがこの収入のおかげでもある。
ちなみに僕のアバターは利用されたことはない。
そんなわけで僕は迷うことなく数あるアバターの中から自分でデザインしたアバターを選択する。
『ねずみ』をモチーフとした二足歩行タイプのアニマルアバターだ。
黒ではなく、灰色ねずみなので安心してほしい。
そして、これは利用料ではなく、『アバター能力』を考慮した結果である。
アバターにはアバターデザイナーが考えた『能力』が1個だけ設定されているのだ。
もちろん運営に提出時にチェックされるため、バカみたいに強力な能力を設定することはできない。
そしてこれだけ膨大な数があると能力をチェックするだけでも一苦労……というよりは1カ月で全て目を通すことは不可能だろう。
僕のこのねずみアバターに設定された能力は『10秒間透明化、再使用時間30分』だ。
これを提出した時まさか通るとは思っていなかった。
なぜなら今まで僕が見た配信や聞いた内容で透明化という能力は見たことがなかったからだ。
もしかしたらねずみ事態が選択できなかったり、能力が削除されているかと心配はしていたが僕が提出した通りの内容だ。
僕は思わず不謹慎にも口角を上げ、ねずみアバターを選択した。
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