不運戦隊アンラッキー7

不運な社員集めちゃいました

「お断りします」


「残念ながら君に拒否権はない」


 着物専門店『株式会社大和やまと』本社ビル地下2階戦略室の室内では、2名の社員が睨みあっている。時刻は朝8時過ぎ。始業時間の9時30分まで1時間以上もある為、現在社内にはこの2名の社員しかいない。1人は暗めの茶髪をポニーテールにした女性、もう1人は、メガネをかけた黒いスーツの男性である。


田中たなかさん、君は上司になんと言われてここに来た?」


 メガネの男性、小園こぞのは、自信が座る丸いイスをクルクルと横に回転させながら、ポニーテールの女性、田中に問いかけた。田中はその行動にイラつきながらも、昨日あった出来事を思い出す。


「地下2階戦略室に月曜の朝8時、です」


 先週の金曜、業務を終えた田中は、帰り際に上司である前原まえばら部長に突然そう告げられた。自分でもまずい、とは思ったが、あからさまに顔に出ていたのだろう。前原部長は、朝早くから申し訳ないが、社長からの要請でね、と申し訳なさそうに軽く頭を下げ、笑っていた。すぐに顔に出てしまうところがまだ直せていないのは、社会人2年目としてダメだな、と反省したのだった。


「そう。これは社長からの密命でね、代々不運な社員がこなしてきた大事なお役目なのだ」


「不運……」


「そうだとも。不運戦隊アンラッキー7のね!」


 クルクル回転していたイスが止まり、小園が目を輝かせて田中を見た。本人は決まった、とでも思っているのだろうな、と田中は冷めた頭でその光景を見つめる。なにがどうして、こんなふざけた単語を朝から2回も聞かされているのだろうか。


 若干わざとらしく大きなため息をつくと、田中は観念して手近なイスに座った。どうせこの状況からは逃げられない。戦略室なんてそれっぽい名前を付けるのであれば、こんな普通の皮張りソファじゃなくて、ロボットアニメに出てくるような無機質で背もたれの長いイスにしてくれればまだ雰囲気があったのに。


「ここに呼ばれているということは、自分が不運だということはわかるね?」


「まあこの状況がもう不運ですからね」


「そうだろうそうだろう」


 皮肉を言ったつもりだったが、小園は目を閉じて満足げに頷くばかりで一切効いてはいない。こういうスキルも、社会人には必要なのだろうか。田中は、入室した際に渡された資料をパラパラとめくった。


「私のことは知っていると思うが、管理部管理課係長代理、明るい不運担当・小園忠吉こぞのちゅうきちだ。好きな戦隊ヒーローは、早食い戦隊弁当ジャーのからあげレッド!」


「明るい不運……?からあげ……?」


 もう既にだいぶ嫌な状況だが、嫌な予感がするな、と田中が顔を上げた瞬間、どこかでみたことのあるポーズを決めた小園が、そのままの姿勢でこちらへ歩いて来た。狭い室内でトンチキなポーズを決め近づいてくる小園の姿は、立ち絵が数枚しかない昔の乙女ゲームみたいだな、と田中はぼんやり考える。


「君は人事部人事課入社2年目期待の不運、田中芽瑠史衣たなかめるしいさんだね。いやあ会えて嬉しいよ!流し戦隊そうMENの敵役、冷やしチュウカーンが好きと聞いたが本当かい?」


 小園が早口でまくしたて、ドスン、と田中の横に勢いよく座る。この人、ただの戦隊好きなおじさんだ……。早朝の社内で乙女ゲー立ち絵係長代理に両手をブンブン振られ強制的に握手をさせられるという訳のわからない状況もそうだが、社内で自分の名前が声に出されたことが決め手となって、田中はもう全てがどうでも良くなってしまった。呆けた頭には、ふいに出てきたチュウカーンという懐かしい名前がふらふら泳ぐ。確かに小学生の頃観ていたけど、そんな情報一体どこから……。


 懐かしい名前に、小さなころの嫌な記憶がフラッシュバックする。思えばこの名前のせいで、小さい頃から不運続きだった。


 どこぞのヤンキーがつけたのかという悪い夢のような名前のせいで、小さい頃から同級生にからかわれ、自己紹介をすればヒソヒソ笑われるし、病院で名前を呼ばれるときは必ず「田中……め、める……?」と看護師を困らせてしまう。両親はフランス語から名付けたと言っていたが、全員純日本人なのだから勘弁してほしい。


 憧れだった着物専門店に入社してからも、希望していた営業部には配属されず、全く興味のない人事部へ配属。就活生に向けた会社説明会の担当に任命され、慣れない大勢の前での説明会に、しょうがなく自分の名前を使って笑いを取る日々。しかも大爆笑とくれば、嬉しいんだか悲しいんだかもうよくわからなくなっていた。そんな毎日が、両手と共にぐわんぐわん揺らされる頭の中で走馬灯のように浮かんでは消える。


「さて、不運戦隊アンラッキー7の活動内容だが」


 急に両手が自由になった感覚を覚え、田中が短い走馬灯から帰還すると、小園は目の前にある別のソファに座りなおしていた。田中に渡した資料と同じものをめくり、さっさと説明を始めている。


「まず、活動時期は1月~3月の、1年で晴れ着が最も売れるシーズンのみだ」


「ああ、成人式と卒業式……」


 晴れ着、と言えば振袖だが、ここ、『株式会社大和』で最も忙しいのもその時期であった。着物の製作から販売、レンタル、前撮り等の撮影やヘアメイクも請け負ういわば着物の何でも屋なので、年末年始や夏祭りの時期とは比べ物にならない程、1月~3月は忙しい。人事部所属の田中も、そのシーズンは販売店舗に駆り出されることもあった。


「その時期は万が一にも晴れ着に不運が行かないように、私たちが週に一度ここで祈りを捧げる。それがお役目だ」


「は?お祈り?」


「社内でも噂されるほどの不運な社員が7人集まってお祈りすれば、その不運は晴れ着には行かずに我々の元へ寄ってくる、ということだ」


 田中は、なんじゃそりゃ、と口に出しそうになって、すんでのところでとどまった。晴れ着に不運が行かないようにお祈り?何を言っているのだ?実はここ、やばい会社だった?田中の額に、一気に汗が吹き出す。


「え、ええと、そんなの、晴れ着は良くても私たちがもっと不運になるだけですよね?」


「いや、社長曰く、どんな不運にも負けず生き抜いてきたメンバーだからこそ、任せられる任務らしい。現に私は、今まで15回交通事故にあっているがピンピンしているぞ」


 やっぱりやばい会社なのかもしれない、小園の満面の笑みを見て、田中は背中に悪寒を感じた。普通じゃない。そんなの、社員にやらせることじゃない。ここから走って逃げて、退職届は郵送?とりあえず、これからのことはこの会社から逃げてから……。


「時に田中さん。お金は好きかい?」


「……はい?」


 田中がソファから軽く腰を浮かせた直後、小園が資料の紙を一気に最後のページまでめくり、すっと差し出した。よくあるコピー用紙の中央には、「報酬について」と太字のゴシック体で書かれている。田中は、一度腰を下ろしてそれを見て目を見開いた。


「えっ」


「このお役目はね。通常の給料とは別に、給料半年分の賞与が出る」


「やります」


 給料半年分の賞与、という文字が、そのまま太字で田中の頭の中を駆け巡った。給料半年分給料半年分給料半年分……あまりにも魅力的なその報酬は、職を辞そうとまで考えていた彼女の考えさえ一変させる力があったようだ。小園は微笑むと、ページを戻した。


「まあ毎週月曜だけだし、通常業務に支障が出ないようにこちらで調整はするから」


「あれ……でも……アンラッキー7って、7人なんですよね?」


 資料に書かれた「7人で祈祷」という怪しげな文字を指で指しながら、田中は先ほどの小園の言葉を思い出した。不運な社員が7人集まってお祈り、と確かに小園は言っていたはずだ。そもそも不運な社員がそんなに存在するのかは知らないが、アンラッキー7という名前なのだから、7人は必要なのだろう。


「ああ、それなのだが、今はまだ3人しかメンバーがいなくてね」


 小園が資料をめくると、突然、アイドル写真集か?と見間違うような爽やかなイケメンと、自分の証明写真が並べられていた。2年前の入社式の後、名札に載せる為に撮った写真だったが、目が半開きの自分と、隣のパッチリ二重のイケメンを並べることには悪意を感じる。田中は、恨めし気にイケメンの顔を見た。すると、すぐには気付かなかったが、どこかで見たことのある顔であることに首を傾げる。


「あれ?この人って……」


「彼は早乙女朗太さおとめろうた。営業部法人営業課、田中さんと同じ入社2年目だね。我々と違いライダー派で、好きなライダーは『お面ライダー能s´』のお面ライダー翁。あだ名は早漏」


「あだ名が不運すぎる」


「彼も今日ここに呼んでいたのだが、金曜に行った出張先の沖縄に突然台風が直撃して、未だに帰ってこられないらしい」


「不運……」


 もはや我々と違い、という言葉にツッコミを入れることも忘れ、イケメンでも不運な人っているんだ……と田中が憐れむように早乙女の写真を見ていると、いきなりその上から、バン!と大きな音を立ててラミネートされた紙が置かれた。どうやら小園が上から叩きつけたらしい。突然のことに驚きながらも、照明を反射する紙を嫌々見てみる。それは、カラフルな彩色見本に丁寧に名称表示がされた表のようであった。


「さあ、ここから担当カラーを決めてくれたまえ」


「担当カラー?」


 着物屋なので、彩色見本表があることに疑問は感じないが、担当カラーには疑問しかない。担当カラーって、あのアイドルとかのやつ?ああ、戦隊だからか……。莫大な報酬と引き換えに、田中は考えることを完全に放棄した。


「なんでも良いですけど、小園係長はなんなんですか?」


「私はアンラッキー柳煤竹やなぎすすたけだ!」


「うわ、なんかかっこいい名前のやつ選んでる」


 彩色見本の「柳煤竹」と表示された色を見てみると、濃い灰色のような色で、紅、とかを選ばない辺り、実は自分のことをよくわかっているのでは、と田中は密かに思った。


 自分の担当カラーとやらも決めなければ、と田中が表に目を滑らせると、海松色みるいろだの、海老茶えびちゃだの、聞いたことのない色が乱立して頭が痛くなった。担当カラーを決めるにしても、赤、黄色、緑、ピンク、ではダメなのか。変なところ着物屋っぽくしやがって……。なんとなく表の左側に目を移した時、1つだけ知っている名前の色を見つけ、それを口に出す。


「じゃあ緋色ひいろで」


「なるほど紅一点だな!では早乙女くんは漆黒にしよう。これで3人だ!」


 楽しくなってきた!とはしゃぐ小園が、急に立ち上がったせいで距離がつかめず机に思い切り膝をぶつけてもがくのを見ながら、田中は自分の行く末を案じて気が遠くなりそうだった。早乙女君、君、勝手に中二病みたいな色の担当にされてるよ。


 なんとなく、ぼんやりする頭で自分の腕を見る。入社するときにちょっと奮発して買った腕時計。これも初期不良で3回交換しに行ったっけ。田中は自分の腕に収まる緋色の数字がワンポイントの時計を見て、血の気がさあっと引くのがわかった。室内にある壁掛け時計の針を何度も何度も確認して、震える声で小園に声をかける。


「あの……係長、この部屋の時計、壊れてます」


「え?」


「今、9時43分です……」


 えっ……。静かになった室内に、小園の小さな声が響く。その絞り出した声を最後に、上司お怒りイベント待ったなしの戦略室は、水を打ったように静まり返った。当然、止まったままの時計からは秒針の動く音さえしない。


 始まる前から不運続きのアンラッキー7、これからの不運に乞うご期待!

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不運戦隊アンラッキー7 @kura_18

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