追跡のその先に

@aqualord

追跡のその先に

気付くと、辺りは暗くなっていた。

3月上旬の今は、これから急に冷え込んでくる。


「来ますかね?」

「どうかな。」


依頼者情報だと、そろそろ対象者を浮気相手が迎えにくる。


「パートから早めに帰ってきたから、身支度の時間は十分あったはずですね。」

「いいから静かにしてろ。」

「はい。」


入所後初めての現場で興奮しているのは分かるが、会話に気を取られて見落としなんぞ許さない。


「来ました。」


イヤホンから別班の報告が入る。


「了解。」

「対象者出てきました。」


隣の新人もささやいた。


「対象者出た。よろしく。」

「了解。」


玄関先で2人は軽くハグをして、いそいそと車に乗り込んだ。

前回と同じならこの後2人は食事をして、ホテルに行く。


依頼者に連絡を入れた。

すぐに合流するという。

2人が仲良く食事している間に合流する手筈だ。


車が動き始めたことを別班に伝え、見失うな、と余計な一言も付け加えた。

今日は依頼者が合流してくるから、ミスが許されない。


追跡を別班と交替して3度目の追跡担当になった時、対象者は小洒落たイタリア料理屋に車を停め、腕を組んで店に入っていった。


入り口が見える場所に車を停め待っていると依頼者が合流してきた。


「よろしくお願いします。」


蒼白になりながらも口調はしっかりしている。だが挨拶を返した後は無言になった。新米には、合流した後は絶対に喋るな、と念を押しておいたから、車内は沈黙だ。


やがて、対象者が出てきて車に乗る。

私達も車を出し、追跡する。


やはり無言だ。


暫く走ったところで、対象者はロードサイドのホテルに車を滑り込ませた。


「ラブホのセブンに入庫。」


別班に連絡を入れながら依頼者を盗み見た。

依頼者はホテルの看板を呆けたように見ている。


セブンという店名はラッキーセブンからだろうが、何組の夫婦にとってアンラッキーセブンになったんだろうな。

私はそんなバカなことを考えてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追跡のその先に @aqualord

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ