アンラッキーセブン

山法師

アンラッキーセブン

 俺たちの高校は、野球の強豪校として知られていた。そして俺は、その強豪の一員だった。俺は弱かったのでレギュラーなどにはなれなくて、試合の時はいつも応援席から声を張り上げているだけだったけれど。


 そんな俺がニ年になった、夏。甲子園に出場するための地方大会。強豪の俺たちの相手は、名前も聞いたことのないような弱小校だった。

 こんな相手に負けるはずがない。ただ、一部のレギュラーメンバーや監督たちは、彼らを少し警戒しているようだった。

 試合が始まる。こちらの、鼓膜を破るような応援の声と、吹奏楽の楽器の音が鳴り響く。あちらは応援もほとんどおらず、俺たちが空気を支配しているようだった。

 一回。どちらも無得点。まあ、まだ相手に慣れてないんだろう。焦ることはない。

 二回。どちらも無得点。三回、あちらに一点入る。

 四回、五回、六回。

 いつの間にか、零対三になっていた。零は、俺たちの点数だ。


 どうして、なんで、弱小校なんだろ?!


 グラウンドを睨んだ時、相手の投手と目が合った。全てを喰らう獣のような、それでいて凍てついた眼差しをしていた。……言いようもない圧を、感じた。

 ……そうだ。この弱小校、あいつがずっと投げている。あいつがずっと投げ続け、盗塁も完璧に牽制して、ここまで完投、完封している。

 あいつが、いるから?


「……」


 そこで、ふと、思い出したことがある。

 ラッキーセブンという言葉の由来は、野球から来ているらしい、と。

 英語の、lucky seventhからの外来語で、七回の攻撃を意味すると。野球も七回にまでなれば投手は疲れ始めて、逆に打者は投球に慣れて、得点を得られやすくなる、と。だから七回の攻撃を、「ラッキーセブン」と呼ぶようになった……。


 けど、あの投手。疲れを見せるどころか、まだ力の半分も出していないような、余裕のある立ち姿。そして逆に、俺たちのレギュラーはプレッシャーに負けそうになっていて、だけど自分たちは歴史ある強豪だと、ここまで血の吐くような練習を重ねてきたのだと、鼓舞しているように見えた。

 そして、七回が始まる。

 バシン、バシン、バシン!

 相手の捕手のミットに、ボールが打ち込まれていく。誰ひとり手が出せない。

 そして、七回は終わり、俺たちは無得点。相手には一点入った。これで、零対四だ。


 俺たちは強豪だろ……? 相手は無名の弱小だろ?! ラッキーセブンはどうした?!

 応援の声は大きく、けれど、どこか虚しく響き。楽器の音も心なしか、調子が崩れているように聞こえた。

 そして、八回、九回。

 俺たちは一点も入れられず、負けた。

 完投、完封、ノーヒットノーラン。

 完全試合。

 三年生たちは泣いていた。二年も一年も、応援の人たちも吹奏楽の人たちも泣いていた。俺は、泣くことも出来ず、乾いた瞳で、グラウンドから立ち去る相手校を、あの投手を見ていた。

 俺たちになんの興味も示していないような目をしたあいつを、見ているしか、出来なかった。


 俺たちの夏は、終わった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンラッキーセブン 山法師 @yama_bou_shi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ