七席目の少年
佐楽
cold seven
「よってナイジェル・ボガート、貴殿を栄えあるセブンスの第七席に任命する」
黒い僧服のような衣服を纏った男が頭上で詠唱のように唱えた。
男の前に傅く少年が顔を上げることなくそれを拝命する。
「身に余る光栄、必ずや組織の繁栄のためにこの身を粉にして働くことを誓います」
ガッツポーズを決めたいところであったがそれはいささか子供っぽい、と今年で16歳になる少年は思った。
幼い頃から過酷な訓練、生存率の極めて低い戦地を生き抜いてきた成果がようやく浮かばれるのである。
セブンス、とは「組織」の擁する戦士の中でも実力、実績共に生え抜きの7名に与えられる称号である。
もうこれでどんな大人も彼を子供とは見ないであろう。
彼を軽んじ、侮ってきた者たちの吠え面を思い浮かべるだけで彼は口の端に滲む笑いを止められなかった。
「お前がアンラッキーセブンか」
だからそう声をかけられたとき返事をしようか迷った。
これ以上ない幸運であるはずの立場にアンラッキーとはどういうことだろうか。
「俺は先日セブンスの七番目に選ばれたナイジェル・ボガートですがあなたは?」
そう言うとその声をかけてきた男はぼさぼさの頭を搔きながら反対の手を差し出してきた。
「俺はセブンスの五番目、ロイド・ブランドだ。お前さんの案内役を任せられている。つまりはお守りだ。よろしく」
お守りと言われたことにムッ、とするが下手に先輩である男に噛みつくのも良手ではない。
文句を飲み込んでその手を握った。
「アンラッキーセブン、てどういうことですか」
彼に連れられ歩いているとき、ナイジェルはそのことについて聞いてみることにした。
ロイドは懐から煙草の箱を出すと一本出して口に咥える。
紫煙が上がるのを見てナイジェルは「ここ禁煙ですよ」と特に注意する気もない注意をする。
ロイドもそんな注意など微塵も気にすることなく煙草をふかしながら口を開いた。
「セブンス、の七席目は温まることがないと言われている」
思わずドキリとしてナイジェルは体を強張らせた。
「アンラッキーセブン、またの名をコールドセブン。冷え切った呪いの席」
馬鹿馬鹿しい、とナイジェルは思う。
このリアリストだらけの組織内においてそんなオカルトじみた噂話が語られているなど。
しかしロイドの語り口はただこちらを怯えさすために言っているようにも思えない。
「所詮、噂話でしょう」
「そう思っていられたらいいな」
ロイドはそう言って煙を吐き出す。
そしてまた懐を弄るとノールックでこちらに煙草の箱を渡してきた。
「俺吸わないんですけど」
「まぁまぁ、餞別だよ」
そうロイドに言われ一応貰っとくか、と煙草の箱を懐にしまい込んだ。
※※※
土煙の舞うなか、紫煙を燻らす男がいる。
彼の周りには瓦礫と、かつて人だったものが山となり積まれていた。
「煙草吸うようになったんだな。ナイジェル」
背後から声をかけられて振り返ると、アサルトライフルを下げたロイドが同じく煙草を咥えてそこにいた。
「最近これがないと口寂しくて」
「今年でいくつになった?」
「えーと…二十ですね」
「あれから四年か。早いな」
ロイドがふう、と煙を吐き出す。
(随分と寂しい目をするようになっちまって)
ナイジェルはぼう、と空を眺めている。
血なまぐさい地上とはうってかわってその空は雲ひとつなく晴れ渡っている。
「ロイドさん、俺まだ生きてますよ。やっぱりラッキーセブンなんじゃないですか」
あれからナイジェルはこの世の地獄ともいえる戦場を渡り歩いてきた。
まるで己の足跡が血痕にすら見えるときもあった。
放った弾丸がいくつもの命を奪い、骸の山を築く。
幼子の笑う広場すら血に染めてきた。
「ラッキー、といえばラッキーなのかもな」
ロイドも空を見上げる。
いつだったか、死した母子にそっとぼろ切れを被せてやるナイジェルを見た。
その時彼はまだセブンスになって間もない頃だった。
セブンスになるということは栄誉である。
しかしその栄誉と引き換えにより過酷で凄惨な戦場へと送られ時に非情な判断を迫られる。
ナイジェルはその母子らの住む街を包囲するという作戦をとり兵糧攻めにした。
その街の住民らを盾に敵が籠城したからだ。
結果、包囲作戦は成功し音を上げた敵が投降してきたのだが解放された街の惨状たるや凄まじく閉鎖された街でもがき苦しんで死んでいった者たちの死屍累々という有様だった。
ナイジェルは母子の亡骸を見下ろしながら確かに泣いていた。
涙こそ流さないにしろその心臓から鮮血を流しながら。
その夜、ナイジェルはこめかみにハンドガンをあてた。
しかしその引き金を引くことは出来ずうなだれる背中をロイドは見たのである。
(これが幸せなやつの背中かよ)
それからもナイジェルは多くの命を奪った。
そしてその亡骸を弔い、その後自分を殺す真似をするのである。
先程も彼は瓦礫の下敷きになった少女の亡骸にその辺りに生えていた花を供えていた。
そこに図体こそ大人のそれだがそのうちにいまだ残る幼い魂をロイドは見た気がした。
(ガキがこんなとこで銃を振り回してるなんて、やっぱりアンラッキーセブンだよお前は)
七席目の少年 佐楽 @sarasara554
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