偽物聖女の競演〜王族に暴言を吐いたら、何故か第二王子の婚約者になりました。~

メアリー=ドゥ

第1話 偽物聖女の啖呵。

  

「聖女の名を騙る、不届きな者というのはそなたか」


 本物の聖女・・・・・を婚約者とする、第一王子の言葉に、クレッサは眉根を寄せた。


 陛下の座す玉座と、その横に立っている聖女と第一王子、その横に立つ第二王子と順番に目を向けてから、ハッキリ頷く。


「ええ、あたしは確かに偽物ですけど。それが何か?」


 だが、ただ癒しの力が強いというだけである女の何をもって『本物』と呼んでいるのかは、クレッサにはさっぱり分からないが。


 そんな風に思いながら鼻を鳴らすと、その場にいる人々がざわめいた。


「なんと不敬な……」

「神を冒涜している……!」

「咎人だ! 断罪せよ!」


 だが、クレッサは周りを見回してから、第一王子の横に立つ聖女……伯爵令嬢らしい……ロティアナ・ガウェロンを睨みつける。


 整った顔立ちに透き通るような白い肌、淡い金の髪に冷たくも見える深い青の瞳を持つ女は、クレッサの視線にたじろいだように見えた。


 確かに容姿は美しい。

 日焼けにそばかす、たくさんの傷跡が残る肌と、日々の仕事の手荒れでボロボロの、赤毛に茶色い目のクレッサとは違う。


 同じ白の聖女衣装を身につけていても、向こうは金糸の縫い取りをされたいっぺんのシミもない絹の服、クレッサは汚れて黄ばんだ木綿の服だ。


 見た目だけなら比べるまでもなく、向こうに聖女の軍配が上がるに違いない。


 けれどクレッサは、偽物で良かった。

 別に、聖女の称号が欲しい訳ではなかったから。


 だけど、こんな奴が。


 覚悟もなく、ただ着飾って第一王子の隣に立つだけの女が、聖女だと言うのか。

 ウルティミア様の後代としてその称号を継いだ本物・・だと言うのか。


 クレッサにとって、それはあり得ないことだった。


「あたしが、ウルティミア・フォレッソ様の死を冒涜し、再誕を謳って治癒の魔術を行使した? ええ、その通りですよ。……だってそうしなきゃ、お前らが・・・・始めた戦争・・・・・で傷ついた人たちを癒せなかったからねッ!」


 クレッサが吼えると、第一王子がピクリ、と眉を動かし、ロティアナが顔色を変えた。

 陛下は動じず、第二王子は何故か面白そうに笑みを深めている。


 この国は、もう十数年もの間、戦争をしているのだ。


 先王が始めたとか言う侵略によって。

 それに反発した隣国との仲はこじれにこじれ、雪に閉ざされる冬の間以外は常に戦い続けている。


 王族は何もしない。

 聖協会も何もしない。


 それでも、数年前まではまだ良かった。

 聖女ウルティミア様が王都の大聖堂で捧げる日に一度の祈りによって、命が繋がれていた者だけは一命を取り留め、怪我が癒える奇跡の恩恵を授かることが出来たから。


 

 彼女が、死ぬまでは。



「そこのロティアナとかいう女の、どこが本物の聖女だって? 祈りを捧げたところで癒しの力も前線に届かない、ウルティミア様の足元にも及ばない女でしょうが。それに、この国に『貴族であり、かつ聖女と認められた者以外は癒しの力を使ってはならない』とかいう馬鹿げた決め事を作ったのは誰だよ。お前ら王族と、そこで肥え太った神の名を騙る・・・・・・ゴミども・・・・だろ。神を冒涜してる? どっちが?」


 クレッサの暴言に、その場にいる聖教会の関係者と、王族に忠誠を誓っているのだろう貴族どもが殺気立つ。

 しかしそれに負けないほど殺気立っているクレッサは、さらに吐き捨てた。


「人を救える力があるから救ったあたしと、人を死地に追いやってふんぞり返ってるお前らの、どっちが神に対して不敬なのか、言ってみたらどうなのさッ!!」


 しかし当の陛下と第一王子は、全く動じていなかった。


「偽の聖女クレッサ。その物言いが、不敬と理解しているか?」

「十分に。で、話は終わりですか? 今でも最前線で人が死んでるのに、わざわざクソみたいな豪華な装飾を施した、おっそい馬車でのんびり王都まで連れてきて、言いたいことはそれだけですか? 下らない用事が終わったなら、さっさと戦場に帰らせて下さい」


 その言葉に、さらに周りがいきり立つ。


「生きて戻れると思っているのか……!」

「聖女の名を騙る罪人が!」

「即刻処刑だ! 敬虔なる神の使徒まで罵倒するなどと!」


 しかしそんな言葉は、クレッサには響かない。


「崇高にして敬虔なる神の使徒は、こんなところでぬくぬく平和に浸ってないで、さっさと前線に行って人助けしたらどう? あたしは助けた。あんたたちは助けてない。口先だけのゴミなら、ゴミらしく黙ってそこら辺に転がってれば?」


 目を見て言ってやると、服装から多分枢機卿なのだろう太った男は、顔を真っ赤にして足を踏み出そうとする。

 しかしそれを、陛下が手で制し、第一王子が声を上げた。


「控えよ」


 いかに権力を持つ枢機卿でも、王族は恐ろしいのか、怒りの表情のまま足を止める。


「……陛下、殿下……わたくしからも、質問を、よろしいでしょうか……?」

 

 そこで初めて、聖女ロティアナが口を開いた。

 陛下と第一王子が目配せをし合い、第一王子が頷く。


「許可する」

「ありがとうございます。偽の聖女、クレッサ。貴女の言う祈りが前線に届かない、というのは、どういう意味でしょう?」

「そのまんまの意味よ。ウルティミア様が聖女だった頃は、日に一度奇跡が起こっていた。あの方が病に倒れて儚くなったと言われる少し前から、治癒の奇跡は前線に届いてないわ。あんたが聖女として雑魚いからよ。だから、あたしみたいなのが助けなきゃいけなかった。助けなきゃ、人が死ぬから・・・・・・よ」


 だから、クレッサに癒しの力があると知った前線指揮官が、聖女を騙ることを決めたのだ。


 『ウルティミア様が復活したが、力が衰えて祈りでは奇跡が届かなくなった。その為に前線にまで赴いて、傷病兵を癒して下さるようになった』という噂を流布した。


 そして実際に癒していたのは、クレッサだった。


 自分を助けてくれた兵士を、ウルティミア様のように救いたくて必死に願ったら、その願いが届いたのだ。


「あんた、聖女になってから貴族以外の誰かを癒した覚えがある? あたしの力では助けられなかった傷病兵の一部は、王都に戻っているはずだけど。その人達を一人でも癒したことが、あるの?」


 クレッサの問いかけに、ロティアナは瞳を揺らした。


「……いいえ」

「何人、その力で救ったの? 貴族ばかり10? 20? ……あたしはね、癒しの力に目覚めてから今日までの二年間に7655人・・・・・癒してるわ。毎日毎日、戦争のある時期は20人以上。それ以外の日も病気になった人をね。……それでも、ウルティミア様の頃に比べたら、全く足りない」


 辺境の状況を知らない貴族の一部が息を呑み、枢機卿はますますいきり立つ。


「神の奇跡を、安売りするなど……!」

「黙れ」


 陛下が初めて表情を不快そうなものに変えて、枢機卿に向かって言葉を発する。

 すると、それまでクレッサに悪態をついたり囁き合ったりしていた貴族たちまでもが、ピタリと口をつぐんだ。


 当のロティアナは、「毎日、20人……」と呆然と呟いてから、青ざめたまま押し黙っている。


「こんな下らない集まりをしている暇があるなら、戦争を終わらせなさいよ。前線にいる連中に食い物を寄越しなさいよ。教会から施しを与えなさいよ。神の奇跡を前線に届かせなさいよ。……何も出来てないから、あんたらは下らないのよ」


 すると第一王子が、相変わらず無表情のままに問いかけてくる。


「そなた、処刑されることが怖くはないのか?」

「ちっとも」


 クレッサは口の端に笑みを浮かべて、胸に手を当てた。


「私は孤児の平民だし……わざわざあんたらに手を汚して貰わなくても、後一年か二年後には死ぬわ」

「その理由は?」


 何となく、この第一王子は分かっていそうな問いかけだった。

 その横の第二王子は、倒れそうになっているロティアナをそれとなく支えながら、しかし視線をこちらから外さない。


「魔力と効果を増幅する魔薬で、無理やり力を引き出して使ってるからよ。体はもうボロボロだし、大して保たないわ」

「そんな……なぜそこまで……」


 ロティアナの呆然とした呟きに、クレッサは冷めた目を向ける。



「覚悟があるからよ。ウルティミア様に恥じない生き方を、私自身が望んだから」



 決して誰も見捨てない。

 救えなくとも、見捨てはしない。


 死の間際、必ず看取って頭を下げるクレッサに、笑みと共に死んでいった人もいる。

 罵倒を吐いて、死にたくないと嘆いて死んでいった人もいる。


 そうした全てを、救えた命も救えなかった命も含めて、見捨てないことが、クレッサの覚悟だ。


 昔、ただ一度だけ。

 お忍びだと、戦争のない時期に前線に赴いて来たウルティミア様に、クレッサは出会ったことがある。


 道端でうずくまり、高熱を出していたのを癒してくれた彼女の姿は、誰よりも神々しく、温かった。


「聖女ロティアナ。あんたに、それがあるの? 私は偽物だけど、あんたには本物だと・・・・胸を張って・・・・・言えるだけの覚悟が・・・・・・・・・ある・・?」


 癒しの力が強いだけで聖女なのなら、そんな称号は必要ない。

 クレッサは偽物でいい。


 でも。


「ウルティミア様が本物の聖女よ。力が弱い私が偽物なら、心が足りないあんたも、偽物だわ」


 クレッサが睨み据えると、ロティアナは目を伏せた。


「わたくしは……」

「リザルド」


 力なく漏らした彼女の発言を遮るように、陛下が第一王子の名前を呼ぶと、彼は頷いて声を張った。


「この場は解散する。偽の聖女クレッサの沙汰は追って伝える。全員、下がれ」

『はっ!』


 臣下の貴族たちが一斉に頭を下げ、退場していく。

 クレッサを最後まで睨みつけていた枢機卿も、周りの衛兵に促されてその場を辞した。


 最後に残ったのは、クレッサの両脇に控える位の高そうな騎士たちと、陛下、両王子、そしてロティアナだ。


「父上。そろそろ喋ってもいい?」


 それまで一言も口を利かなかった第二王子が、ロティアナを第一王子リザルドに預け、陛下に問いかける。


「構わん」


 陛下が、先ほどまでの威厳ある表情ではなく、まるで面白がるような凄みのある笑みで答えた。


 そこで初めて、近づいてきた頭ひとつ分だけクレッサより背の高い第二王子の姿を、まじまじと見る。


 銀の髪に薄紫の瞳を持つ彼は、小綺麗な服を着て、整った顔立ちをしている。


「僕は、第二王子のアルテ・ユグドリアンだよ。ねぇ、クレッサ。君は、ウルティミアに憧れてその名を騙ったの?」

「ええ。それと、癒しの力を使うために必要だったから」


 すると、第二王子は嬉しそうに目を細めて、クレッサの手を取る。


「嬉しいな」

「は?」


 クレッサが、予想外の言葉に面食らっていると、彼はその、中性的な美貌をさらに寄せてくる。


「あの時の女の子が、まさか僕に憧れて・・・・・前線の人々を助けてくれていたなんて。ありがとう」

「……何を、言って……」


 と、つぶやいたクレッサは、そこでようやく、気づいた。

 あの時見た、幼いウルティミア様の面影が、彼に重なる。


「まさか……」

「ねぇ、理不尽だよね。貴族で女じゃなきゃ癒しの力を使っちゃいけない、なんて、馬鹿げてるよ。君もそう思ったんだろう? 僕もそう思ったんだ」


 成長するに連れて、大聖堂での祈りだけで前線に届いていたほどの癒しの力は、失われてしまった。

 苦労をかけてすまなかった。


 彼がそう言うのを、クレッサは呆然と聞く。


「じゃあ……じゃあ」

「そう。ウルティミアは、僕が癒しの力を使うための架空の存在だったんだ。会えて嬉しいよ、クレッサ」


 ニッコリと笑ったアルテは、クレッサにこう告げる。


「君、僕の婚約者にならない? そうすれば処刑されず、聖女の称号を授かって、前線に一緒に行って正々堂々、人々を癒せるよ」


 受けてくれるなら、と彼はそこで真剣な目になって、クレッサの肩に左手を添える。


「僕たち王族は、誓って早急に、この戦争を終わらせる。……どう?」

「……それ、あんたに何の得があるの?」


 別にクレッサが生きようが死のうが、彼には関係ないのではないだろうか。

 そう思ったが。


「僕は、君に惚れたんだよ、クレッサ。僕と同じ志を持って、前線で戦ってくれていた君に」


 言いながら、アルテは握っていたクレッサのボロボロの手を取り上げると、そこに口付けを落とした。

 

 すると、癒しの輝きがそこから広がり、あの日と同じ温かな癒しが体に満ちる。

 クレッサの全身から追い出されるように黒い靄が噴き出すと、いきなり、体が軽くなった。


「嘘……体が」

「君の体を蝕んでいた魔薬による腐敗は消し去ったよ。でも、麻薬によって増強された魔力はそのまま残っている筈だ。まだ、ロティアナよりは弱いけど」


 うっすらと笑ったアルテの顔から、目が離せない。

 

 生きていたなんて。

 そして、男だったなんて。


「力のない君、覚悟のないロティアナ、女じゃない僕。……偽物しかいないなら、誰が本物の聖女でもいい。だからクレッサ」


 アルテは茶目っ気混じりに片目を閉じて、こう告げた。


「僕の婚約者になって、君が本物の聖女になろう?」

 

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