第5話 陛下と、心、通わせて。
なぜ後宮に。
その質問は、リーファの核心を突くものだった。
「ご存知のこととは思われますが、わたくしの父は、直接陛下にお目通りが叶う『
「承知、している」
「陛下のお噂も、たびたび、耳に挟んでおりました。後宮へ降りられない、と」
「……」
噂は真実だった。
女の元へ赴かぬどころか、そも後宮入りすらもしておられなかったことは、予想してはいなかったが。
「子を為せぬを承知で父に頼み、根回しをしていただきました。宮廷を預かる方にも幾度となく面会し、わたくしの本心を、そして目的を知っていただいたのです」
必ず、陛下を後宮へと導き、同様に、正妃に相応しき者に正しく陛下のお人柄を伝えること。
「わたくしは、そのような約束の元、後宮へと参じました」
言いながらリーファは、盤上に駒を打つ。
すると陛下は、そのまま盤面を見つめたまま動かれることなく、目を上げることもなさらなないまま黙り込んでしまわれた。
聡明ゆえに、こちらの心を深く、読んでおられるのだろう、と
密命を帯びて、この場に臨んでいるのならばーーー本心では、やはりリーファが、陛下を慕ってはいないのでは、と。
「わたくしに一切の得がない、と、お想いでしょうか?」
そう問いかけると、陛下はハッとされた様子で、ご尊顔をこちらに向けられた。
「わたくしの気持ちに、偽りなどないのです、陛下。お側に……建前など、そのための手段に過ぎぬのでございます」
「だが、添えぬ、のでは……」
陛下は、言葉を選ばれ、少し間を置かれた。
「本心で、あればこそ。辛くは、なかろうかと、感じる」
「そうでしょうか?」
「
「……!」
「しかし、愛とは、呼べぬ。未だ、深く、そなたを識らぬが故に」
陛下は、その御心をつまびらかになさろうと、しておられるようだった。
己のためではなく、リーファの心に沿わんとする心遣いに、思わず胸に手を当てる。
ああ、やはり、この方は。
「だが、仮に……面して、語ることのみでも、至福と、想うほどの愛情を、抱いたのなら。朕なら、譲るに、
人の心を、解されるお方だ。
「……なればこそわたくしは、月下に咲いたのです、陛下」
軽く目を伏せて、眉根をほんの少しだけ寄せて、リーファは微笑みを浮かべた。
哀しさが、滲んではいないだろうかと、思いながら。
「正妃となれずとも、こうして後宮へ赴かなければ、言葉を交わさせていただくことすら叶わなかった身の上。今、この場に在れることは、至上の喜びでございます。これ以上は望むべくもない程に……」
月下美人の花言葉は、儚い恋、なのだ。
それでもいい、と。
リーファが、望んだのだから。
「正妃となるに相応しき方の目星は、すでにつけております。いづれ同席なされば、きっと陛下もお気に召されることと思いますわ」
「そう、か」
陛下は、ふ、と軽く息を吐かれた後、トン、と一つ、駒を進める。
それは、リーファが進めた土嚢の駒のそばに、まるで寄り添うように置かれた。
「国を、子と。想うが故に、朕は、最良を採択する、だろう。だが……月下において、は、込められた想いの、分だけ、そなたの咲くを、眺めようと、想う」
「陛下……」
「この盤上でそなたと対面するには、まだ、同じ遊戯をするに相応しい見識が、朕には、備わっては、いない、ようだ。またの機会に、致そう」
「もちろんでございます。ですが、見識が浅いなどと、そのようなことはございません。わたくしの指し手は、今までの陛下の功績そのものにございますれば」
心も、盤上も。
その想いの在りようを、リーファは陛下ご自身より学ばせていただいたのだから。
「そなたは、このような朕に対して、本当に、変わっている」
「お言葉を返すようですが、陛下。わたくしは、陛下以上に豊かな国をお作りになり、慈悲の心を賜る賢帝を、存じ上げません」
陛下がお立ちになられるのに合わせて、リーファも椅子から腰を浮かせる。
「その深い御心に比べれば、容姿が少し優れていたり個性的であることなど、どれほどの違いでしょう。わたくしも、わたくしのような白髪紅眼の者にはとんと会ったことがございません! 容姿の違いなど、その程度のことにございますわ」
劣等感を抱き、後宮の女たちに気後れする理由など、どこにもないのである。
「またの機会を、楽しみにいたしております」
深く頭を下げたリーファが、去ってゆかれる陛下の後ろ姿を、寂しいと思いながら眺めていると。
「よろしかったのですが、真実をお話しにならなくて」
サイラの小さな言葉に、リーファは小さく首を横に振る。
「必要ないわ。もし伝えていたら、もしかしたら陛下はまだこの場に留まっていただけたかもしれないけれど、私も少し、緊張し過ぎて疲れているし……ちょうど良かったのよ」
「では、ベッドにお休みになって下さい」
サイラがそっと体を支えてくれるのに礼を述べながら、リーファは寝室に向かう。
そう、陛下は、お知りになる必要はない。
ーーーリーファの余命が、幾ばくもないことなど。
ただ、子を産めぬだけのリーファであれば、後宮入りは決して認められなかっただろう。
どれほど、言葉を尽くしたところで、だ。
だがリーファは、自らの身を裂いた刃に込められていた『蠱毒』によって、肉体ではなく魂をじわじわと蝕まれていた。
本来ならば、この数年で命を落としていてもおかしくない、それは【呪い】だった。
呪術師も、祈祷師も、医者も、皆が匙を投げた。
リーファが保っているのは、一重に自らの意志の賜物であると、皆が口を揃えて言った。
だから、だ。
陛下の御心を、掴んで放さぬ可能性がある者が、永遠にはいない、と知っているからこそ……許可が降りた。
陛下に悟られぬうちに。
エルリーラと引き合わせ、二人を親密にさせ、そしてひっそりと、消える。
それが、最良の形だと、リーファは信じていた。
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