とある悪役令嬢の失敗

たつみ暁

とある悪役令嬢の失敗

 晩餐会は盛況だった。

 第一王子と公爵令嬢の婚約を祝う宴には、国中から貴族が集まって、二人を褒めそやす言葉を並び立てる。これが実際の婚礼になったら、どれほどの人数が集まるやら。

 だけど、私はそんな光景をひどく冷めた目で見つめていた。

 馬鹿みたい。

 たまたま高位の生まれだから婚約者に選ばれただけで、顔は十人並だし、髪艶だって私の方が綺麗。勉学は政治も歴史も経済も、后に求められる以上の教科を修めた私のほうが、圧倒的に頭が良い。お人形さんみたいににこにこ突っ立って、貴族たちの礼賛を浴びている呑気さにも、腹が立つ。

 でも、調子に乗るのもここまでよ。

 私は立食形式になっているテーブルに近づくと、銀のトレーに七つのシャンパングラスを載せる。

「お嬢様! そのようなことは、我々がしますゆえ!」

 慌てて侍女が小走りに近づいてくるが、伯爵令嬢に相応しい、やんわりとした笑顔で返す。

「良いのよ。私の手ずから、殿下たちをお祝いしたいの」

 声色にまで喜色を込めた返しに、侍女はまんまと騙されてくれた。「お嬢様……なんとお優しい……」と両手を組み、感激に浸っている。こういう時のために、普段は誰にでも親切に接する令嬢の態度を努力してきた甲斐があったというものだ。

 侍女が背中を向けて壁際に去ってゆくのを見計らって、さっと胸元から小瓶を取り出す。無色透明、無味無臭の数滴の液体が、ひとつのグラスの中身に溶けてゆく。

 私はあかい唇を最高の笑みに象ると、無礼講で貴族たちと同じ位置で七人の輪を作り語り合っている、国王一家へ近づいた。

「陛下、この度はおめでとうございます」

 まずは一人目、この場で最も偉い存在に挨拶を。

「おお、そなたはたしか」

「リンデリン伯爵家のアルベレッタにございます。本来ならば陛下にこうして対等な高さに立つことの無い御無礼、お許しくださいませ」

 トレーを片手に持ち、空いている手でスカートをつまんで挨拶をする。

「よいのだ、よいのだ。今宵はめでたき日。そなたのような麗しき乙女にも、よき出会いがあるとよいのう」

 ええ、陛下。まさにめでたき日ですわ。顔を伏せてにんまりと笑い、すぐに表情を取り繕って、善良な令嬢の顔に戻る。

「皆さま、ご歓談で喉も水分をお求めでしょう。是非どうぞ」

「おお、伯爵令嬢は気が利くな」

 国王が、一つ目のシャンパングラスを手にしてあおぐ。泡を放つ刺激は、陛下の喉を満たしたようだ。

「アルベレッタ、ありがとう。これからも王家と伯爵家の縁を繋ぐために、よろしく頼むよ」

 第一王子が、鼻で笑い飛ばしたくなるような殊勝な台詞を吐いて、二個目のグラスを取る。継いで位の高い順に、グラスはトレーを離れてゆく。

「さあ、サリーニア様も」

 私は目一杯の親しげな笑顔で、第一王子の婚約者を振り返り、最後の一つを勧める。七つ目のグラスには、先程注いだ雫、瞬時に人体を溶かし、内臓に入れば血を吐き散らして無様な最期を遂げる猛毒が入っている。

 無知で無能なサリーニア。王子にふさわしいのは私よ。さあ、早くくたばって。

 期待に胸が膨らんではちきれんばかりだ。心臓がどくどく鳴いているのが、耳の奥にまで響いている。

「あ、ありがとうございます、アルベレッタ様」

 サリーニアは、本当に王子はこんな女のどこがいいのか、と問い詰めたくなるようなおどおどした態度でおずおず微笑み、グラスに手を伸ばす。そう、後もう少しだ。

 その時。

「あっ」

 サリーニアが不意にふらついたかと思うと、グラスが傾く。

 それが。

 唖然と開かれた私の目と口に。


「サリーニアお嬢様、災難でしたわね」

 晩餐会は、リンデリン伯爵家の令嬢が、「何故か」シャンパンに含まれていた猛毒を浴び、顔と口の中が爛れ、気の狂ったような悲鳴をあげながら運ばれていった騒ぎで、そのまま流れ解散になった。

 わたしは、

「君を狙った刺客がいるかもしれない。今夜はもう遅いし、君を守らせてくれ」

 と懇願する第一王子のはからいにより、王城の客室で一晩を過ごすことになった。世話係を連れてきていたので、寝支度には困らなかった。

「あなたのおかげよ、ナクラ」

 遠い国から来た、「反転」を司る魔女だという彼女がわたしにそばづいてから、さえなかったわたしの人生は、華やかに色づいた。

 対価は、わたしの幸せと、それを脅かそうとする存在の不幸せを見せること。魂や寿命をすすらなくてよいのかと、最初に出会った時に訊ねたのだが、

「そんな悪魔や死神みたいな存在ではございませんよ、あたしは」

 と、魔女というよりは、ふくよかな気の良いおばさんの姿をした彼女は、胸に手を当てて、並びのよい歯を見せたものだ。

「今回も、伯爵令嬢には、『幸運七番目ラッキーセブン』になるはずが、お嬢様の幸運で、『不幸七番目アンラッキーセブン』にひっくり返りましたわね」

 鏡に向かうわたしの髪をブラシで梳くナクラの、おだんごにした黒髪からは、立派な角が生えている。本人を振り返っても見えないけれど、鏡には真実が映ってしまうのだから、仕方ない。

 でも、誰にも吹聴する気はない。これは、わたしと彼女だけの、密約なのだから。

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