かっこいい魔導士に憧れたのに…!詠唱がダサすぎるのはアリですか…?
ツカサレイ
第1話 成功の予感
「お願いだよ…ここで…俺を死なせてくれ…。どうか俺を英雄に…させて死なせてくれ」
雨降る地面に水没する哀れな苔は何も言わない。雨降る地面に直立する部下は頬を濡らす。
「しかし…でも…貴方がいなくなれば…」
前方斜面から押し寄せる弓の矢が小さな心臓を貫かんと襲ってくる。
俺たちは負けた。たった一人の一国の王すらも守ることのできない私は何になるだろう。何を守れるだろう。今守れるものはなんだろう。
「刻に余裕がない。どうか俺を信じてくれ。必ずこの命が続く限りお前たちを守ろう」
部下は顔をぐしゃぐしゃにして、手を差し出した。何の手だろう。決別の儀礼だろうか。それとも友好の証明だろうか。分からない。手を握り返し、頷くと俺は後ろを向いた。
「また会おう‼︎さらばだ‼︎」
「クソォぉぉぉッッ‼︎」
部下は駆け出し、次にやってくるのは数多の矢。数多の敵兵。
大きく息を吸う。俺は英雄になる資格を与えられた。幸せだ。幸せだ。幸せだ。こんな気持ちをくれた彼らには…。
そして、魔法の言葉を優しく語っていく。
『降り注ぐ塵埃。降り掛かる災厄。降り及ぶ深雪の豪』
俺は晴れてる日よりも雲が続く日より雨降りの日よりも雪が好きだ。まんまるい大きな雪の粒が顔に当たって溶ける感覚。ジーンと冷たくてヒヤッとして体温も溶かされていくあの感覚が。
『青女よ!私の下に不香の花を咲かせ給え‼︎』
手を天に仰ぐ。そしてその名を咆哮する。
『篠の子吹雪‼︎』
手から天に放たれた白煙。雨の隙間を昇り雲の下で拡散して、真っ白になった天井から降ってくるのは牡丹雪。
これでいい。迫る矢を防げなくても、敵の侵攻を止められなくても、こんな幸せな気持ちで死ねるなら。英雄になるには才がなかった。あったならこんな死に様じゃないだろうな。
雪の粒が額に触れたその場所を矢が貫いてそのまま俺は消えた…。
かっこいい魔法使いに憧れることはなにも変なことではない。
たった一人だけで、数多の屈強で醜悪な怪物を殲滅し名誉を刻むか。それとも、数多の敵勢力を前に魔法で蹂躙し、英雄に近づくのもいいかもしれない。
俺一人で何万とも言える敵兵を魔法でかっこよくボコして、砂塵の舞う荒野に立ち尽くす。そして俺は咆哮する。
「俺が魔法マスターだぁぁぁッッッ‼︎」
その瞬間、聞こえてきたのはガダァァンと鈍い金属音を鳴らす机。
「なんや、授業に集中せんかい。大学落ちてええんか…?」
飛ばす換気。向ける眼光。前で教鞭を取る中年の萎びたおっさん。(43歳バツイチ)
周りでくすくす笑いを飛ばすのは出来損ないのクラスメイトたち。
どうやら俺は眠りについていたらしい。急に身体がビクッとしたために音魔法が教室中に暴発してしまったか…。
「おはよ、魔法使いさん」
「また魔法使いの夢でも見てたんじゃねぇの?」
背後から冷やかすような囁き声が俺の胸をチクチク。だがそんなものにいちいち気を取られるほど柔な人間じゃない。精神攻撃は慣れている。
「今に見てろ‼︎お前らなんて俺の魔法で…俺の魔法でだな…」
ボコすから。
そうして俺はこの日も学校という砦を攻略した。校門近くで魔法がどうのこうの聞こえてきた話はしたくない。
最近は異様なほど気温差が激しい。つい先週までは冬場の温度だったのが、いまとなっては20℃近くにもなっている。灯油を中途半端に残しているからなんとかしたい。
きっとこの異常気象もこの世界の魔力の乱れが原因に違いない。
だから俺は今日も世のため人のために魔法の訓練をしよう。
早速家に帰るとトイプードルのモコが出迎えてくれる。クンクン鳴いて俺の足ですりすり。とりあえず懐いてくれてるということでヨシ!やはり使い魔というものはこうでなくては。
そして手持ちの烏龍茶と共に自室のラボへと向かう。
ラボ内は勉強机と、怪しげな魔道具でいっぱいだ。
特に俺のお気に入りは黒と紫のトーテムポール。このなんとも言えない申し訳なさそうな顔がたまらない。
まずはいつも通りにカーテンを閉め、ロウソクに火を灯す。真っ暗闇の部屋に純粋な炎の色だけが映る。
次に小さなスカーフを床に敷き、その上に黒い粉末を盛る。この粉末は炭を炭化させた炭。つまり炭。炭以外の何物でもない炭。炭。すみません…。
そして次に手を合わせ「2礼2拍手1礼」を行う。これが魔力を高める儀式として最適解なのだ。
頭を2回垂れて、胸の高さで手を合わせて打つ。そしてもう1礼すると同時に詠唱をする。
「世の理よ。冥界の王よ。どうか我が身が抱える悔恨を溶かし、転生を施し給え」
「我が名は…」
詠唱を唱えていく傍らでドアの隙間から予想外が侵入してきた。
キャンキャンキャァン‼︎
モコだ‼︎
俺の足へ突撃してバランスを崩し、黒い粉末に突っ込んだ。
「ちょ…おま、馬鹿野郎‼︎もし暴発したらどうな…」
そう言いかけてすぐ異変に気がついた。黒かった粉末が徐々に紅くなっていき燃えるように熱い。
部屋中が熱気で包まれていき、蒸気で見えなくなっていく。
「おいおいおい!なにがおこってやがる‼︎」
「クゥゥン…」
トーテムポールの眼が蒼く光ったその瞬間だった。俺は全ての意識の手綱を離してその場に倒れた。それからはどうなったか分からない。
きっと只事ではない予感だけはした。
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