アンラッキー7

もと

どこから話そうか。

 いつからか、二十年ほど前だったか。

 いや、もっと前だったのに戻っちゃうんだよね。


 まず十五歳でトラックに轢かれちゃったのよ、あるあるでしょ。挽き肉みたいになっちゃったトコを女神様に拾われて、プチラッキースケベ展開の波状攻撃後にRPGのモブキャラクターとして転移完了。

 好きに生きられるように、とか何とか? とにかく僕はその魔法と冒険の世界で死ぬほど苦労した。勇者とか名のある役よりモブが良いってラノベか何かで読んだ気がしたのにな、上手い生き方が全く分からなかったよ。

 ちょこっとの魔法と僕の脳ミソと元の世界の知識と経験をフル回転させても、農業も漁業も畜産も冒険もドラゴン使いも中途半端にしか出来なかった。毎日その日のご飯の事だけ考えてたね。税金代わりの王様への貢ぎ物も用意出来ないクソモブ爆誕っすよ。

 だから常にニコニコしてる近所の人に立て替えてもらったりした。その恩を仕事の手伝いとかで返したかったけど雑魚モンスターも狩れないし洞窟探検で宝箱を探せばミミックに食われるし、何をやっても死にかけては治癒魔法をかけてもらう始末。普通に借金まみれ、恩返しもロクに出来ないクズ野郎ね。

 ていうかさ、大体の事はもうガチの賢者とか魔法使いがやってたから転移してきた僕なんてウンコみたいに役に立たない……いや、魔法使いがウンコを宝石に変えてたな……あーあ、ホント失敗した。


 んで結局その世界では崖から落ちて死んだのよ、また挽き肉、もうバカでしょ。そいで前と違う女神様に拾われてさ、ヨシッつってさ、またRPGの世界で最強の主人公に転生させてもらったの。

 まあ最初は良かったよ、最初はね? 何をやっても成功するからね。まあその世界ではヤンデレサキュバスに寝込みを襲われて心臓ひと突き。僕もモテ過ぎちゃって調子ノッたんだよね、最強だし。「愛してるー!」って叫ばれながらポックリ殺された。


 さあ次はどんな女神様かなって思ったらちげえの、真っ黒いデカいヤツに拾われたの。「生き返りたければ我に従え」とか偉そうなヤツだなって思ってたら魔王なんだってさ、もう従うよね、いやムダに反抗して死んでんのに殺されるとかワケ分かんないコトにならないようにさ、うん。

 あ、知ってる? 死ぬと今までの記憶以外は全部リセットされる感覚なの、魔法も力も何も無い感じ、ガチマッパ状態よ。だから魔王サンの言うコト覚えて「オオセノママニ」って感じで転移させてもらったんだ。

 新しい世界で半日ぐらい過ごして魔王サンと話した事とか自分が転移したって思い出したんだけどもう戦争の真っ只中よ。武器とか馬とか使いながら魔法使いとか錬金術師もいる世界? みたいな? その国王の隠し子みたいな立場だったんだけどアッという間に権力争い? 派閥争いみたいなのに巻き込まれてさ。

 でも魔王サンの言ってた通りに催眠術で周りの大人を操ってたんだけど半年ぐらいで「少年の皮をかぶった悪魔だ!」って捕まっちゃって、あっさり処刑された。もうさ、手下にするんならさ、魔王サンもちゃんと僕を助けに来てくれりゃイイと思うよ、思わん? ねえ?


 そいで今度こそ普通の女神様来てーって思ってたんだけどファーッて変な音がしてさ、なんか河原にいんの、僕。

 これって日本のアレじゃんって、サイノカワラだっけ? こんなの初めてだから仕様も分かんなくてさ、皆が石積んでたから一緒に積んでたの。そしたらまたファーッて聞こえてさ、ハッて気付いたら土の中。

 なんぞー? って思ってたら来たの仲間が、触角チョンチョンって、ああコレはアリさんとアリさんがゴッツンコしてんじゃんって、もうなんでアリ? アリって何だよ?

 なんかヤル気なくなっちゃってさ、巣穴のスミッコで皆が運んで来る虫とか盗み食いしてダラダラ暮らしてたのよ。そしたら冬越える前にスーッと死んじゃった。まあでもちょっと虫もイイかなって思ったよね。


 さあ次いってみよー、つって元気に虹の橋渡ろうとしてたらさ、なんかまだアリの姿でぜんっぜん進まねえの。生き物って大変なんだね? それでもチマチマ頑張ったんだけど疲れちゃってさ、いや死んでも疲れる時は疲れんのよ。

 そいで止まって休憩しようと思ったら寝ちゃってさ、目が覚めたら触角ゴッツンコ、いやアリじゃん、アリなんだけど地上なの。マジで「ハア?」ってなるじゃん? この時は誰にも会わなかったから事情が分かんないしね?

 で、冬までダラダラしてる内に僕がたどり着いた結論は「虫もイイかな」って思っちゃった事かなって。死ぬ直前だったから手間無しでサラッとまたアリに生まれ変わっちゃったのかな、みたいな。

 だから僕の蟻生人生最後のコトバは「次はニンゲンー!」になったよ。


 そんなんだったから次こそーって思うじゃん? でも虹の橋の途中でまた魔王サンぐらいデッカいのに拾われちゃってさ、今度は真っ白いオジイチャンよ、ヤベえって思ったら自分は神様だって言うの。なんか連チャンで可哀想なコトになってるたましいはピックアップして救ってくれちゃうんだって。

 神様から見ても可哀想だったらしいよ、僕。ウケる。

 もう六回目だから慣れたモンでさ、いや六回目ってなんだよヒドイな、まあアリ時代に考えてた設定を神様にお願いしてみたワケ。「主人公に守られるヒロインになりたいです!」って。

 これ結構イイと思ったんだよね、自信作。だってまずヒロインだから理不尽な死に方はしない、強い主人公に守られてるからね。しかも自分が女の子になっちゃえば、いつでも女の子のハダカ見放題じゃん? これ思い付いたときアリじゃん、アリだけに! って、いや何でもないよ、とにかくイイ感じになると思ったの、思ってたの。

 半月ぐらいは幸せだったかな、うん。主人公は主人公なだけあって超強いし優しいし顔も良かったし、うん。まあアレだよ、二人でフッカフカのベッドでイチャコラしてたら心臓ひと突きされたの。

 そうヤンデレサキュバス来ちゃった。

 「愛してるー!」って叫びながら主人公メッタ刺し、ついでみたいに僕もプスッと刺されて死んだ。これは二回目、あれスゴいよホント即死って感じ。マジ刺客、アイツ強い。


 ハイ! で、いまココ。ああもうイヤだ。

 七回目だよ、七回って……転生転移って大変なんだな……いや、ラッキーセブンだ。

 ラッキーなんだよセブンは、今までで一番神様らしい神様に出会えた事だし、ヒゲ長いもんな、これでキメる、キメてやる、僕の物語を完結させてやる!


「人間になりたい。人間の僕は十五歳で死んだ。生きてれば三十五歳ぐらいなんだ。だから三十五歳の僕になって、キレイな奥さんが『いつもありがとう』ってニコニコしてて、四歳ぐらいの娘が『パパだいちゅき』って言ってくれて、僕は社長ね、で、会社では書類読んで『うむ、これで進めてくれ』って言ってれば年商数億円稼げてて、僕の月収は一千万で、『おはよう』ってSNSに書いたらイイネが1000ぐらいついて、ご飯の写真載せたら万バズで、昼に出勤して夕方には家に帰れて、家は10LDKみたいな? このLDKアルファベットってなんだろ? ランチ食べる部屋? D? K? まあいいや、とにかく広い屋敷で何不自由なく幸せに暮らしてる人間になりたい!」


 どうだ!


 ――……どうだじゃねえよ、失敗……大失敗だ。

 もう数えてもいない、何十回目の『三十五歳の誕生日』だろう?

 朝からキレイな妻と朝から可愛い娘がハッピーバースデーを歌ってくれるから蝋燭ろうそくを吹き消す。また今日から三十五歳の僕、キレイな妻と、いつまでも五歳にならない娘、三人で顔を見合せて笑う、笑う、笑う。

 誕生日ケーキをSNSに載せると小一時間でバズって笑う。

 昼に出社すれば僕のデスクは飾り付けられていて、大勢の社員がハッピーバースデーを歌ってくれるから、みんなで笑う。

 昨日も三十五歳だった僕はメールや書類に目を通す。それを待っている死ぬほど優秀な部長に『これで進めて』と笑う。

 お疲れ、と笑いながらねぎらう。

 一人、会社の屋上へ。


「……おーい、神様?」


 絶対に返事は無い。

 夕焼けが綺麗な最上階は百階、デカい会社は百階建てか、頭わりいな、本当に。

 毎年試しているけど成功しない。きっと今回も挽き肉にはなれない、百階から飛び降りてシュタッと着地しちゃうんだよ。そんで待ち構えてた友達にハッピーバースデー歌われる、イベントじゃねえんだよ、こっちは本気で飛んでんのにな、笑うしかねえわ。


「なあ神様! ヘイ神様! ちょっとシンドい!」


 娘の事かな、一番シンドいのは。

 僕の中身は十五歳のままじゃない、さすがに年を取ったと思うよ。小学生にならない娘、中学生、高校生、一人暮らし、結婚、孫、なんて。

 淡くて想像もつかない連想ゲーム。

 贅沢なのかな、可愛い娘の成長を願う事は。

 いつまでもキレイな妻……は、まあいいか、このままで。


 何十回、何百回目の幸せな飛び降り自殺。

 僕の物語は終わらない、笑いながら柵を蹴る。


「ハッピーバースデー!」

「みんな、ありがと」


「アナタ、いつもありがとう」

「パパだいちゅき」

「……帰ろうか」



  おわり。

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