嫌いな数字、7

武州人也

7は最悪の数字

 失恋の傷が癒えた頃、ワタシ……アヤノ・ドロイは大学でエマという女性と仲良くなった。父親がインド出身だという彼女と意気投合したワタシは、この国の独立記念日から三日経った七月七日に二人で海水浴としゃれこんだ。この日のために買った、オリーブグリーンのミリタリー風ビキニをひっさげて。


「いいねアヤノ。その水着アヤノっぽくて好きだよ」

「エマこそ、それ似合っててステキ……」


 砂浜の上で、ワタシたちは互いの格好を褒め合った。エマが身に着けているのは、バストに大して少々布地が小さめな、真っ赤なホルターネックビキニだ。美しい褐色肌に整ったプロポーション、そして大胆なビキニ。端的に言って、非の打ちどころがない。

 ワタシに肌を見せてくれるのは嬉しいけど、ナンパな男たちも吸い寄せてしまいそうだから複雑だ。いっそ、その前にエマに唾をつけてしまいたい……


「でも……私が気に入らないの、ここの7って数字ね」

「7……?」


 そう言って、エマはワタシのビキニボトムに印字されていた「LUCKY 7」の部分を指さした。


「私、7って数字すっごく嫌いなんだよね」


 国や地域ごとによい数字、悪い数字があるというのはワタシも知っている。ワタシの両親は日本マニアで、「アヤノ」という日本風の名前もそんな両親からもらったものだけれど、日本では「八」はその形から、どんどん物事がよくなるさまを言う「末広がり」の数とされ好かれている。一方で「四」は「death」、「九」は「苦しむsuffer」に通じるため嫌われている。


 アメリカでは「7」はラッキーセブンと呼ばれ、幸運の数字として扱われる。けれども、エマにとってそうではないらしい。


「まず0から9までの数の中で一番キリ悪いでしょ?567とか11157みたいな1の位が7で終わる数字あったらさ、素数なのかそれとも何かで割れるのかわからないじゃない。まぁこの二つは素数じゃないんだけど」

「確かに」

「それにさ、最初の完全数の6に1を足してるっていうのが気にくわないんだよね。完璧な数字である6に1を足したら、調和が崩れるにきまってる」


 なるほど、エマは数字や数学に独特なこだわりがあるらしい。そういえば彼女、数学科って言ってたっけ。


「ま、まぁとりあえず海行きましょ。ホラあれ見てよキレイだから」


 話題をそらすべく、ワタシは目の前の海を指さした。青々とした海が、ぎらつく太陽の光を受けてまぶしく光っている。


「そうだね。7がもたらす災いは、大いなる海に流してもらうに限る」


 ワタシが海水に足首を浸すと、それに続いてエマも海に足を踏み入れた。海水に浸かった足がヒヤッとしたけれど、その感触も気持ちいい。


 そのままずんずんと砂浜を離れ、足がつかない場所まで来た。


 そのときだった。ワタシの視線の先で……海面から頭を出していた若い男が突然、ヒュッと海中に没した。

 

サメだSharks!」


 海水浴場は、たちまち大騒ぎになった。


「え? サメ?」


 ワタシは水中ゴーグルを装着して潜水した。さっきの若い男がいた場所には、赤い液体がブワッと広がっている。血だ。


 そして……血の周りを、二匹、いや三匹のサメが泳いでいる。有名なホホジロザメやイタチザメじゃない。変わった姿をしたサメだ。ワタシはそのサメを、水族館で見たことがある。


エビスザメSevengill shark!」


 普通のサメは頭部に5対10本のエラ穴をもつが、このサメは七つのエラセブンギルという名前の通り7対14本のエラ穴をもつという変わったサメだ。そしてもう一つ、普通のサメは背びれが二つあるけれど、このサメは尾びれの近くに小さい背びれが一つあるだけだ。


 そんな変わり者のエビスザメだが、貪欲かつ獰猛な高次捕食者でもある。成魚の全長はおよそ三メートル。何匹かで群れを組み、イルカや他のサメ、アザラシなどの大きな獲物を襲うこともある。


 今、目の前のエビスザメも目測で三メートルはありそうだ。すでに一人襲っている以上、彼らは人間たちをはっきり獲物とみなしているに違いない。


「まずい!」


 ワタシは慌てて砂浜を目指した。そんなワタシの背中が、ぶぅん、と水のうねりを感じた。


 ――追っかけてきてる!


 振り向く勇気は、ワタシになかった。追ってきているのが一匹か、それとも二匹以上かはわからない。一つわかるのは、追いつかれたら最後、ワタシはサメの歯によってズタズタに切り裂かれて海の藻屑と化すことだ。


 ……そんなときだった。水面から顔を上げたワタシは、砂浜に立つエマの姿をとらえた。その手には……対戦車ロケットを構えている!


「7は調和を崩す災いの数! だから……これでアンタに死をくれてやるよ!」


 対戦車ロケットRPG-7を担いだエマ。その引き金が引かれ、ロケットが飛んでくる。ロケットはワタシのはるか背後で爆発を起こした。


 水のうねりが、消えた。RPG-7によってサメが爆殺されたのか、それとも衝撃によってビビったサメが逃げていったのかはわからない。けれども……ワタシがエマに助けられたことは事実だった。


「あ、ありがとうエマ……」


 砂浜にたどりついたワタシは、エマの珠のような体に抱きついた。


「七月七日……この日はいっつも悪い日だった。だけど今年はアヤノと一緒だから、いい日になってくれるって思ったんだけどね……」

「それにしても驚いたわ……エマがいきなり武器もってくるなんて」

「私これでも見習いのサメ狩りだからね。常にサメの襲撃に備えてるんだよ。よりによってエビスザメSevengill sharkなんていう珍しいのが襲ってくるなんて思わなかったけど」

常に備えよセンパ・パラタスの精神ね」

「とりあえず……ホテル行きましょ。アヤノとダラダラ過ごしてたら、七月七日もすぐ終わりそうだし」

「そうね。ワタシもなんか疲れた……」

  

 そうして、ワタシたちは更衣室へと歩き出した。エマはそっと、ワタシの手を握ってきた。もしかして……脈アリなのかな。


 エマにとって、7はアンラッキーでサイアクな数字かもしれない。けれどもやっぱり、ワタシにとってはラッキーセブンなのだ。

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