アンラッキーセブンだった名前がラッキーセブンになった日

下等練入

第1話

奈々なな! おはよう!」

「おはよう」


 私はテンションを特に上げずにそう挨拶を返す。

 正直に今はあまりテンションを上げられる気分じゃない。


「朝なのに元気がないぞ!」


 佐々木ささき一花いちかはそれに不満だったのか、がしっと後ろから私に飛びついて来た。


「ちょっと、危ないって」

「大丈夫大丈夫、奈々はラッキーセブンのななじゃん。そんな危ないことなんて起きないって」


 冗談で言っているのか本気なのか、一花は私がなにか言うたびいつもそう言ってきた。


(私からしたらアンラッキーセブンだよ)


 彼女の香りを感じながら、そう言いかけた言葉を私は飲み込んだ。




 私が高校受験に失敗した時、何かで賞をもらったとき、周りの人はいつも私の名前を出してきた。

 ――ラッキーセブンのななだから大丈夫。

 ――せっかくいい名前をもらったのに名前負けしている。

 ――受賞おめでとう。名前のお陰かな?


「それしか言えないんだったら黙れよ! すっこんでろ!」


 もう何万何千も言われた名前に関する話題が出るたびに思わずそう言ってしまいそうになる。

 ただどうにか毎回その言葉を飲み込むと、私はいつも愛想笑いで誤魔化していた。


 そんなひどい人間関係の中で、一花だけは成功や失敗に私の名前を絡めてくる事はなかった。

 さっきみたいに、悪いことが起こらないや、いいことが起きるかもしれないという意味で私の名前を出すことはある。

 ただし、私がテストで山が当たったって言ったときは「努力したからだよ」と言ってくれたし、失敗してしまったときもその名前でもったいないなどと言わず、一緒に改善点を探してくれた。


 私の人生で唯一私を私として肯定してくれる人。

 一花はそういう人間だ。

 きっと……。

 たぶん……。

 彼女は名前が私のアイデンティティのすべてだと思っていないはずだ。




 ある日の午後、私の部屋に遊びに来た一花に何気なく私は聞いてみた。


「ねえ一花はさ、私の名前が奈々じゃなくても友達になってくれた?」

「え、当たり前じゃん。名前で友達選んだわけじゃないし」

「そう、だけどさ……」


 消えそうな語尾でそう言う。

 一花は私のことを選んでないというのはわかってる。

 ただ今まで奈々の近くにいるといいことがありそうだからと近づいてきたやつも何人かいた。

 一花のことが好きだという思いが強くなるたびに、実は名前のせいで仲良くなりましたと言われるんじゃないかという不安感も強くなる。


 すると一花はキスできそうなくらい私に密着してきて言った。


「奈々は私がなんで仲良くなったか知りたい?」

「それは教えてくれるなら聞きたいけど……」


 その言葉を聞いた時、脳裏にはやっぱりこの名前の所為なんじゃという嫌な考えが過る。

 同時に背中には気持ちの悪い汗が伝った。


「(奈々のことが好きだからだよ)」


 彼女は私をことを強く抱きしめながら、耳元で甘くそう囁いて来た。


「え、好きって友達として、ってことでしょ?」

「どっちがいい?」


 そう小悪魔のように彼女は笑う。

 ただ私はそんな彼女の言葉を適当に流せるほど、どうでもいいと思っているわけではなかった。


「……できるなら、恋人のがいいけど」

「そう言うと思った。奈々のことは恋人として好きだよ。安心して」

「けど、なんで、私なんか」

「はじめは、名前の所為で努力認められなくて可哀想だなって思って見てたんだけど、そのうち奈々が人一倍頑張ってるって知って、気が付いたずっと奈々のことを目で追ってた」


 そんなことがあったなんて……。


「奈々も私のこと好きでしょ?」

「……それは、わからないじゃん」


 認めてしまっていいんだろうか。

 一花に好きと言われて嬉しくないわけじゃない。

 ただ認めた後で実は反応を楽しんでただけですとか言われたら……。


「体操着、アルトリコーダー、水筒で間接キス、抱き着くたびに深呼吸」

「え、ちょっ……、突然なに?」


 私が何も言えず一花の前で固まってしまっていると、彼女は突然そう羅列し始めた。


「なにって全部奈々が私にしてたことでしょ? 一から全部説明しようか? 体操着は――」

「ちょっと、ストップ!」


 危うく一花の口から私の痴態を聞きそうになり、慌てて口をふさぐ。


「これでわかったでしょ? ここまで把握してて奈々から離れないなんて好きじゃない限り無理でしょ?」

「……無理だと、思います」

「ならもう一回聞くね。奈々は私のこと好き?」


 取調室でライトを向けられたような気分のなか私は恥ずかしさを押し殺してなんとか口を開く。


「……好きです」

「よかった、そう言ってくれて嬉しい!」


 一花はそう言いながら思い切り私に抱き着いて来る。

 彼女から漂ってくる香りが一層この状況が現実ではないんじゃないかという思いを増幅させた。

 ただもうどうでもいいや。

 このやわらかい一花の感触は絶対に本物だし。

 それに私の名前が奈々なのも、そのせいで全部運のせいにされてたのも本当だ。


 今までずっとこの名前が私に不運を連れてくると思っていたけど、この名前のお陰で一花と両思いになれたのなら、少しだけ感謝してもいいかもしれない。

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