筋肉未満
酔
筋肉未満
「俺、筋トレ始めたんだよね」
大教室の隅で鼻高々に報告する祐太郎に、私はふぅんと適当に返事をした。
「なに、その反応。彼女ならもっと『きゃーすごーい!』『がんばってね!』とかあるでしょ。傷ついちゃうじゃん」
「筋トレ始めたの、いつ?」
「え、昨日からだけど」
「やっぱりまだ三日も経ってないんだ。いつまで続くか見ものだね」
「今回はちゃんと続けるし!」
ほっぺたを膨らませて、祐太郎は憤慨する。
普通の二十代大学生がやるとかなり痛々しい行為だが、ローティーンと言っても通ずるような容姿の祐太郎がやれば話は別だ。かわいらしくて――だからこそ、からかいたくなってしまう。
「とか言って、英語の勉強も三日坊主だったじゃん」
「いいの、あれは! やっぱり言語って必要性に駆られないと上達しないってわかったから、それだけで収穫はあったの」
「言い訳ばっかり上手くなっちゃって」
「そんなことないもん……」
図星を突かれ、祐太郎のテンションが明らかに沈む。
「大丈夫だよ。今回は私も手伝うから」
「ほんとっ?」
彼がパッと明るい表情で顔を上げた。容姿もさながら、精神性も幼いので愛おしい。
「まず、目標の立て方って何か知ってる?」
祐太郎は頭を振った。
私は先ほどの授業で使ったルーズリーフの余りに書きながら、彼に説明をする。
「一、まずは期限を決める。二、なるべく小さな目標を立てる。三、周りに目標を宣言する。四、達成度を数字で記録しておく。五、期限になったら、振り返りをして次の目標設定に活かす……こうやって習慣化していくの」
「うーん、難しいねえ」
「初めてだし、今回は私が目標を立ててあげる」
私はルーズリーフにさらに書き込む。我ながら端正な文字が並べられていく。
「期間は一週間ね。毎日十回の腹筋。その日達成したら、私にラインして。一週間後に振り返りをやりましょう。大丈夫そう?」
祐太郎の顔を覗き込むと、彼は舌をきゅっと結んで「大丈夫っ!」と宣言した。あー、かわいい。これが私の彼氏なのが嬉しくてたまらない。
「うん、よしよし頑張って」
思わず頭をなでる。そして耳元でささやいた。
「いつか素敵な筋肉で、私を抱いてね?」
祐太郎がボンッと赤面する。やっぱり私の彼氏は世界一かわいいのだ。
筋肉未満 酔 @sakura_ise
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