魔法使いに必要なもの

あまたろう

本編

「では、一時間目は『筋肉』です」

 教室が一気にザワつくのを感じた。

 時間割変更自体はさして珍しいわけではないが、その聞き慣れない単語が朝の気怠い空気を一変させた。

「……先生、何とおっしゃったんですか?」

 クラス委員の佐伯さえきが代表して発言する。こういう空気が読めるところに、彼女のクラス委員たる所以がある、と思う。

「『筋肉』です。M・U・S・C・L・E・マッソー」

 先生の世代で大人気だったらしいマンガ作品の主題歌の一部だそうだ。語りだすと3日ぐらい語れるそうで、何なら今日はその授業にしようかという提案をされたが、クラス全員で固辞した。

 そうではなく、その科目は一体何をするのかという疑問のみである。


「優れた魔法使いになるためには、筋肉が必要不可欠なんですよ」

 ほう、とはならない。ほぼ全員がまだ半信半疑、いや全疑の状態であった。

「高度な魔法を使うためには、より純度の高い、より大きな、より整った形の魔石が必要なことは知っていますね? 純度の高い魔石は高密度で、かなり重い代物です。そして、より強い魔法は魔石の周囲に高密度のエネルギーが蓄積されます。となれば、ある程度魔石を体から離す必要があります。さらに、それだけの魔法を放つためには強度の高い杖が必要であり、そうなると杖自体にもかなりの重量が発生します」

 ……説明は長いが、言いたいことは解る。要は、重い魔石、重い杖を持つには相応の筋力が必要ということか。

「そうです。有象無象の魔法使いで満足するのであればいいですが、伝説級の魔法使いを目指すのであれば筋力が必要になります」

 ……だから、資料に残っている伝説級の魔法使いはなぜかがっしりした体の人が多かったのか。

「もちろん例外もあります。魔石や杖自体を浮遊させて攻撃する魔法使いは体を鍛える必要はありません。もちろん、強いに越したことはないですが」

 そのほかにも、強い魔法を放つときは当然反作用というものが発生する。強力な氷を飛ばす魔法を使うのであれば、その氷に見合った重さの逆向きの力が発生する。これを支える力が必要になるのだ。

「当然、その反作用をも魔法力で相殺する魔法使いも存在します。ただそれをするのであれば、そちらにある程度の魔法力を割かないといけませんので、言ってしまえば攻撃とは関係ない部分で魔法力を消費するという理屈になります」

 その消費量も馬鹿にはならないこと、またそもそもの攻撃魔法の威力をその分下げないといけないことにもなるので、それができるほど無尽蔵な魔力を持っている魔法使いなら問題ないが、そうでなければ反作用を物理的に耐えないといけないということか。

「理解が早くて助かります」

 ……それで、その界隈では有名な魔法使いである先生もかなりの筋肉をお持ちなのか。

「私の場合は、この理由で筋力をつけ始めたものの、筋肉を鍛え、鍛えた筋肉が自分の思い通りに体を飾ることに喜びを感じまして、趣味のようになってしまいました」

 ……ちょっと引いた。


「! 先生、後ろ!」

 授業のために移動してきた森の奥から、このあたりにはめったに出現しない熊のモンスター、グリズリーが襲い掛かってきた。

 先生は杖を構え……ず、

「ふんっ」

 振り向きざまの左の裏拳でグリズリーの顔面をぶん殴った。吹っ飛んで、木に背中をしたたかにぶつけたグリズリーは、一目散に逃げていった。

「筋肉を鍛えれば、こういうときにも役立ちますヨ」

 ……だいぶ引いた。


(おわり)

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