二人の私と今

サンドリヨン

「私」と「私」と私

私の中には2人の私がいる。


1人は恋人が欲しいと願っている、温厚でロマンチストな私。私は、休日に恋人とデートをして、2人で笑いあったり、朝にはおはようを言って夜にはおやすみを言う。そんな素敵な恋人が欲しいと「私」は願っている。


もう1人は恋人は作らないと願っている、苛烈でリアリストな私。私は平日に懸命に働き、1人で読書をしたり、朝には珈琲を飲んで、夜には、明日の仕事の準備をして寝る。そんな1人の生活が欲しいと「私」は願っている。


二人の仲はとても悪い。


恋人が欲しいと「私」が言う。すると、もう1人の「私」が、ナイフを持って刺しに来る。


恋人なんていらないと「私」が言う。するともう1人の「私」が宥めに来る。


それから数年経った今では私の中には1人の私がいる。


来年に結婚が決まっている、温厚でリアリストな私。周りがどんどんと結婚していき、地元では母親となった同級生に出会う。親からは孫の顔が見たいと言われ、孤独死なんてごめんだと思っている。


昔、「私」は恋なんて何が良いか分からない、と言っていた。浅ましく、醜く、嫌らしい。少女が女になる。そんな気持ち悪い瞬間を何度も見てきたと。


「私」は私に殺され、もう1人の「私」も私に殺され、夢想に殺され、現実に殺された。


恋人を作るくらいなら、結婚をするくらいなら死にたかった私は死ねずに、あの頃の楽しかった夢想を捨て、あの頃の楽しかった現実を捨て、今の悲しい現実を、悲しい夢想を生きるしかない。


あのとき殺したロマンチストな「私」を、あのとき殺したリアリストな「私」を今の私だけが覚えている。

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