第208話

 やがて少し困ったように、照れたように頭を掻きながら優しい眼差しを投げかけてくる志鬼に、あゆらの涙腺はまた緩んでしまった。


「……バカじゃないのっ、私がいいって言ってるんだから、してしまえばいいじゃない……!」

「ああ、明日になったら死ぬほど後悔してるかも」

「そうよっ、本当に……ふ、ふふっ」


 自分よりも自分のことを大切にしてくれる。

 そんな人は、この先どれだけ生きても絶対に彼しかいない、と、あゆらは思った。


「私ったら、志鬼の前では泣いてばかりね」

「ええやん、泣ける場所があるのは、幸せなこと……やろ?」


 そう言って志鬼はあゆらの涙を舐め取り、そっと唇を重ねると、強く抱きしめた。

 

「ありがとう、志鬼……私、あなたに出会えて本当によかった」

「……それはこっちの台詞や」


 その夜、あゆらは志鬼の服を着て、志鬼の布団で、志鬼と一緒に寝た。

 たわいのない会話をし、下ろした金髪に指を通せば、志鬼もまた、あゆらの黒髪に指を絡ませた。

 手を繋ぎ、額に、頬に、鼻の頭に、唇に……数えきれないほどの口づけが降り注ぎ、目が合えば幸せいっぱいに笑った。


 あゆらは志鬼とずっと一緒にいたいと願った。

 志鬼が家を継ぐなら、その罪をともに背負い、寄り添いたいと思った。

 志鬼が家を出て、違う道を行くのなら、どこまでも支えたいと思った。

 志鬼さえいれば、今見ている幸せな金色の世界が、永遠にそこにあると信じられた。


 だからあゆらは、志鬼の腕に包まれて眠った日、胸の内で密やかな誓いを立てたのだ。

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