第206話、金色の庭を越えて。

 すっかり大降りになった雨に追われるようにして、二人は帰路に着いた。

 志鬼のアパートの階段を駆け上がり、急いで家のドアを開け中に入る。


「うへ〜、めっちゃ濡れてもたな」


 頭や身体についた雨粒を手で払うようにして志鬼が振り向くと、「本当ね」と言いながらカーディガンを脱ぐあゆらがいる。

 そうしてワンピース一枚の姿になったあゆらを見て、志鬼は心臓を跳ねさせた。

 夏仕様の薄く白い布が濡れたせいで肌に張りつき、下着が透けていたからだ。


「ダッ……な、なんかタオル持って来るな!」


 志鬼は靴を脱ぎ捨てると、耳まで赤くしながら浴室に向かう。

 あゆらはその横にサンダルを揃えると、裸足で部屋に上がった。


「はあ、ほんま張りついて気持ち悪いな」


 タオルを探す途中で、志鬼は煩わしそうに黒のTシャツを脱ぎ去った。

 瞬間、広い背中一面を覆う桜と鬼が、あゆらの視線を奪う。

 その刺青の意味を知る前と知った今では、まるで重みが違い、あゆらの目には別物のように映った。

 失った親友への哀悼の意と、自身に課した生涯のいましめ。

 志鬼の肌を犠牲に存在する美の彫刻は、理由を知ることで悲しみと輝きを増し、あゆらの胸を切なくも捕らえ、離さなかった。


 気づけばあゆらは、志鬼の背中に抱きついていた。

 身体が勝手に動いていた。

 志鬼を慰めたい気持ちと求める気持ちが合わさり弾け、どうしようもなかった。


「志鬼…………好きよ」


 すがりつくような熱と、控えめだが確かに聞こえる告白に、志鬼の理性が飛んだ。

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