第203話

「おい、おっさん、ええ加減にせえよ、あゆらはお前の道具ちゃうぞ」

「口の利き方がなっていないな、さすがは暴力団の息子だ。さあ、帰るぞ、あゆら」

「……言いたいことはそれだけかしら?」


 幸蔵はあゆらの真摯な眼差しを受け、初めて自分から目を逸らしたい気分になった。

 幸蔵は知らなかった。

 子は成長し、やがて親を越えるということを。


「お父様、あなたは間違っています」

「……何?」

「私があなたの言いなりになってきたのは、心のどこかで国を支えるあなたを尊敬する念があったからです。それがなくなった今、もはや従う理由など何一つありませんわ」


 優しい雨に打たれながら、あゆらは固い決意を口にした。


「お父様、私はあなたと戦います。生涯を懸けて」


 それは実の父との訣別。一生をかけて己が血に抗い続ける覚悟の表明だった。

 あゆらは幸蔵を訴え、清志郎の犯罪を世間に晒す道を選択した。


 幸蔵は全身を戦慄わななかせ、吸っていたタバコを右手で握り潰した。


「できるわけがない、お前なんかに、直前で怖気づくに決まっている」

「どうぞ、お引き取りください。売春組織の元締めさん」


 あゆらの落ち着き払った口調に、幸蔵は苦虫を潰したような顔をすると、苛立ちながら車の後部座席に戻り、その場を去った。


 ——しばし、静かな時が流れた。

 重苦しい沈黙ではなかった。

 少し切なく、寂しげで、だがどこか、穏やかで温かな時間だった。

 しとしととあゆらの黒髪と志鬼の金髪を濡らすそれは、悲しみを代弁するのではなく、新しい門出への恵みの雨だったかもしれない。

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