第196話

 志鬼は物憂げなあゆらに気づくと、そっと耳元で声をかけた。


「……よう考えて決めたらええ。あゆらの心が一番大事や」


 それは、父を告発し、自らも犯罪者の娘に落ちるか。

 それとも、告発をあきらめ、清志郎の犯罪を見過ごし、今のままの暮らしを守るか。

 選択は二つに一つだ。

 志鬼はあゆらが決めた道なら、なんであれ受け止めようと思っていた。

 それを感じ取ったあゆらは、自分は孤独ではないと思えた。


「なんすか、内緒話して」

「うるさいな、ちょっと便所行ってくるわ」


 そう言って志鬼が席を外すと、二人きりになるのを待ち侘びていたかのように虎徹が前のめりになりあゆらに話しかける。


「ね、ね、姉貴、付き合ってるならやっぱり志鬼兄貴の刺青見たことあるんすか?」

「え? ……ええ、何度もあるわよ」

「マジっすか!? ええなーっ! 俺まともに見たことないんすよ、若い衆でどうしても見たいってなって、志鬼兄貴が風呂入ってるとこ突撃したら全員しばき倒されて」

「そ、それは大変だったわね」

「志鬼兄貴、自慢するの嫌いやから。人助けても絶対言わんし、いつも人づてにたまたま聞くくらいで」


 そう言われたあゆらの頭には、ふと最初に捜査を依頼した探偵の件が浮かんだ。


「もしかして、志鬼が助けた人の中に探偵さんもいたかしら?」

「探偵? ……ああ、聞いた気しますけど、多いからどれかわからんすね」

「そんなに?」

「俺一回言ったことあるんすよ、志鬼兄貴に、なんで人に言わないんすか? って。その方がはくつくのに。そしたら悪そうな顔して『そういうのは黙っとくからええんや』って言うんすよ、めっちゃかっこええっしょ」


 冗談混じりに悪戯っぽく笑いながら言って見せる志鬼の姿が、あゆらの瞼に浮かんだ。

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