第192話

「…………な、想像以上に胸糞悪い話やったやろ」


 静まり返った部屋の中で、時折あゆらのしゃくり上げる音だけが聞こえた。

 あゆらは無言で首を横に振ると、背の高い志鬼に向けてそっと右手を伸ばした。


「作り物のように綺麗な髪だと思っていたけれど、まさか天然だっただなんて……」


 ほとんど反射的に、志鬼はあゆらに頭を撫でてもらおうと姿勢を低くした。

 そんな志鬼を受け止めるように、あゆらはススキ色の髪に触れた。


「……私なんかより、志鬼の方が、ずっと、たくさん、がんばったわね」


 あゆらの言の葉が、耳を通じはらはらと心に舞い降りた時、志鬼は今までにない感情に襲われた。

 目の前のあゆらが驚いた顔をしているのを見て、志鬼はようやく自分が泣いていることに気がついた。


「……あ? ……やばっ、あかんなこれっ……」


 思わず顔を隠そうと距離を取ろうとする志鬼だったが、あゆらがそれを許さなかった。

 あゆらは志鬼よりもずっと泣き濡れた目元を細めながら、両手を伸ばし大きな背中を抱きしめた。

 あゆらは感極まっていた。

 初めて見る志鬼の弱い部分に、愛おしさがはち切れそうだった。


「ダメなんかじゃないわ、嬉しいわよ。志鬼のように包み込むことはできないけれど、私にだって支えることくらいできるわ」

「……やばいって、今優しくされたら」

「いつも志鬼が私にしていることじゃない」


 志鬼は微かに震える腕で、遠慮がちに体重を預けながらあゆらの抱擁に応えた。

 瞳に浮かぶ透明な雫が、幾度となく志鬼の頬を滑り落ちた。

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