第172話

 横に立ち並んでいたあゆらと志鬼は、黙って清志郎の足音が聞こえなくなるのを待った。

 それから幾分か経った頃、どこかぼんやりとしたあゆらの方が沈黙を破った。


「……帝くん、私と一連托生だと言っていたわ、お父様の名前も出して……さっき『あなたの人生は風前の灯』だと言ったのよ、そうしたら、その台詞をお返しするって……」


 あゆらは右側に立つ、何も言わない志鬼を見上げた。


「……ねえ、志鬼」

「……俺は、あゆらにこの件から手を引けと言おうか、迷った、もう三日前からや。知らん方が幸せなこともある」


 志鬼はあゆらに打ち明ける覚悟をしていた。それでも、苦しい気持ちは変わらない。


「どうして、そんなこと言うのよ、ねえ志鬼、教えてよ……私、あなたにあわれまれたら、生きて行けないわ——」


 あゆらはバカではない。もう、どんなことが起きているのか、あらかたの不穏を感じ取っていた。

 あゆらにシャツの袖を引っ張られ、解答をせがまれた志鬼は、ついに重い口を開いた。



「売春クラブの元締めは…………岸本幸蔵。あゆらの父親や」



 絶望すると目の前が真っ暗になると言う。

 しかし、あゆらの目の前は、真っ白に色をなくした。

 それは、今まで自分自身が信じてきたもの、自分自身を形成してきたすべてが吹き飛んだ瞬間だった。

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