第166話

 ——つまり、自分のように価値が高い人間のストレス解消に、価値が低い人間が使われるのは当たり前だ、ということだろうか。

 あゆらは脳内で要約された自己中心極まりない発言に、しばし言葉を失い、歯を食いしばっていた。

 そして思ったのだ。

 もはやこれは美鈴だけの問題ではない。

 これから先、この男の犠牲者となる弱き者たちを救うためにも、絶対にここで止めなくてはならない、と。


「……名はたいを表す、と言うけれど、あんなのは嘘っぱちね。あなたの名に志鬼と同じ“志す”という漢字が入っているだなんて笑わせるわ」

「僕の名前は清志郎、清い道を志すという意味で清志郎だ。何もおかしくはないよ」

「あなたってかわいそうだわ、悲しいことを悲しいと思えない、怖いことを怖いと思えない……どうかしている、そんなので生きていて楽しいの?」

「ひどい口ぶりだなあ、あの品性の欠片もない輩の影響かな」

「そうかもしれないわね、それだけ志鬼が好きだもの、どうしようもなく惹かれるの」


 清志郎の左目が痙攣するような動きを見せる。

 

「どうしてわかってくれないの、こんなに僕はきみを思っているのに」


 清志郎の声色が変わると同時に、あゆらを押さえる腕に力が込められる。

 ——本当に、このままメスを突き立てられるかもしれない。

 呼吸が浅くなり、背筋に冷たい汗が流れる。

 命の危機を感じたあゆらは、恐怖のあまり目を強く瞑った。


 その時、勢いよく背後のドアが開かれた。

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