第157話

 ふらつきながらアパートの階段を下り、路地に出ようとしたその時、聞き覚えのあるモーター音が志鬼の耳をかすめた。

 その車は、行く手を阻むように志鬼の前に急停車した。

  

「げ……こんなタイミングで来るか」


 闇夜に似た光沢ある漆黒の乗用車を見た志鬼は、渋い顔をしながら呟いた。

 これに誰が乗っているのか、そして自分にどんな用があるのか、大体予想がついたのだ。

 

 最高級のベンツの重役席から地に降り立ったのは、全身黒づくめの長身の男だった。

 上質な革靴にスーツ、もう六月も下旬だというのにトレンチコートに身を包んだ男は汗一つかかず、真ん中分けの目にかかる黒い直毛を風に靡かせ、志鬼に近づいた。

 口にはタバコが咥えられており、サングラスの奥には飢えた猛禽類もうきんるいのような目が爛々らんらんと光っていた。


「よお、志鬼、久しぶりだな、俺が若頭に襲名されてから会うのは二度目だ」


 端正な顔立ちをした逆瀬川さかせがわあぐりは、長いタバコをふかしながらそう言った。

 この男は古くから野間口の組員であり志鬼と旧知の仲である。現在は若頭となり、関東支部を取り仕切っている。

 志鬼は額に手をやり、頭痛がする思いだった。


「なんの用や、俺は今忙しい」

「冷てえこと言うなよ、可愛い弟分が心配で来てやったんだ」

「嘘つけ、どうせ親父に言われて俺のこと監視でもしてたんやろ」

「よくわかってるじゃねえか」


 そう言うと騰はコートに忍ばせた胸から拳銃を出し、目の前の志鬼に突きつけた。

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