第136話

 あゆらの視界が白飛びする。

 

 ——今、なんて言ったの? なぜ、どうして、あそこにあいつがいるの?


 清志郎の童のように透明感のある声は、会場の隅々まで通り、あゆらの脳内で無常にも再生を繰り返した。


 清志郎と幸蔵、二人は目を合わせ含み笑いをした後、確かに遠巻きにいるあゆらを見据えた。

 この瞬間、あゆらは悟った。

 ——図られていたのだ。

 幸蔵は最初からそのつもりであゆらを連れて来た。何一つ説明もないまま、裏で清志郎との結婚話を進め、周りから固めてしまうために。

 有名外科医である清志郎の家と親族になれば、岸本家の世間の評価はさらに上がるだろう。そこに娘の意思など関係ないのだ。

 清志郎がなぜその話を受けたかは定かではないが、彼の精神が健全でないことは痛いほど知っていたため、あゆらにしてみれば嫌がらせとしか思えなかった。


「この度は素晴らしき帝家の御子息とこのようにめでたき日を迎えられたことを感謝いたします。彼が十八歳になる時を待って、我が愛娘、あゆらは帝家に嫁ぐこととなります」

「僕はまだ未熟ですので皆々様のお力添えが必要なこともあるかと思いますが、尊敬すべき父と幸蔵さんの元、命の架け橋となれる外科医を目指し精進してまいりますのでよろしくお願いいたします」


 非の打ち所がない好青年の挨拶に、会場からワッと歓声と拍手が上がる。

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