第123話

 ——なんだ、おでこだけ……?

 思わずそんなことを考えてしまったあゆらは、ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちだった。


「……別に嫌がっては」

「え? 何何?」

「な、なんでもない……」


 あゆらは無意識に志鬼の唇に触れられた額に手を当てていた。

 志鬼はそんなあゆらを、満面の笑みで思いきり抱きしめる。


「へへーん、でも抱っこはする」


 長身の志鬼にこうされると、あゆらはちょうど彼の胸板に顔をうずめる形になる。女性では背が高い方に入るあゆらだが、志鬼にかかればまるで幼い少女のようになってしまう。

 あゆらは志鬼の逞しい身体に包み込まれるのがとても好きだと感じた。まるでずっと昔から知っているかのように、ひどく心地よかった。

 あゆらはその喜びを表現するように、志鬼の背中に両手を回すと、初めて自分から抱きしめ返した。

 控えめではあったが、確かに伝わるあゆらの感触に、歓喜に打ち震えた志鬼は抱く腕にさらに力を込めた。


「今日一日であゆらとめっちゃ仲良くなれた気がする、ええ日や」


 帰りたくない。もっと、たくさん、志鬼と一緒にいたいとあゆらが願えば、避けては通れない過酷な現実が浮き彫りになる。



 ――志鬼、あなた……いつか、組を継ぐの?



 例え父親が大嫌いでも、それと家を継ぐことが別問題であることは、あゆらにもよくわかっていた。

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