第94話

「……あゆらは優しいなあ」

「何よ、いきなり」

「ほんまは気になってるんやろ、俺が刺青した理由。でも聞かんようにしてくれてる。……気持ちのええ話やないから、また言える時が来たら、聞いてくれる?」

「……ええ、わかったわ」


 少し甘えるような志鬼の口ぶりを受け止めるように配慮深く頷くと、あゆらは先ほどから刺青と同じくらい気になっていた箇所に視線を落とした。志鬼の腹筋である。

 多数の窪みと膨らみで構成されたそれは、芸術品と言っても過言ではなかった。


「……すごいわね、とても鮭でできているとは思えないわ」

「鮭は身体にええからな」

「鍛えるとこんなことになるのね」

「割れた腹筋見るの初めて?」

「そ、そうね」

「やろうなあ、どう考えてもあゆらの周りにいる連中とは違うタイプやもんな」


 まさにドキドキ、ソワソワ、といった擬音が当てはまるあゆらの初心うぶな反応を見て、志鬼は鍛えていてよかったと心の中でガッツポーズをした。


「触ってみる?」

「——ヒェッ!?」

「めっちゃ変な声出てるやん」


 あはは! と腹を抱えて笑う志鬼に、あゆらは恥ずかしさを隠すために怒るしかなかった。

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