第79話

「とんでもない身体能力だね、ぜひ運動部に入ることをお勧めするよ」

「どうも、でもあいにく放課後はお姫様で予定がいっぱいなもんで」


 自慢げな顔で言う志鬼に、清志郎は額に手を当てると大袈裟なほど悲哀に満ちた表情をした。


「健気なものだね、どれだけ奉仕しても騎士が姫と一緒になれるはずがないのに。姫と結婚できるのは、同じ立場である王子だけだよ」

「……どういう意味や?」

「焦らないで、いずれわかるから」


 たくらみを秘めたような余裕の笑みを残し、清志郎はテニスコートを後にした。

 

 清志郎の例え。騎士が志鬼であるならば、同じ立場である王子は、清志郎のことを指しているのか?

 

 ――まさか、あいつもあゆらのこと……。


 清志郎の言葉に心がささくれ立つのを感じながら、志鬼はこちらを見ているあゆらの元へ歩み寄った。

 

「……俺、あいつ嫌い」


 目の前に来るなりそんなことを言う志鬼に、あゆらは目を丸くして心配そうに顔を覗き込んだ。


「どうしたの? 二人で話しているようだったけれど」

「いじめられた」

「えっ? 何を言われたのよ?」

へこんだからパンツ見せて」

「……怒るわよ」


 優しく注意するしとやかな声。凛とした美しい姿勢に、女性らしい品のある仕草。


 ――釣り合わんのはわかってるけど、人に言われたら腹立つな。


 自分は社会からのはみ出しもので、本当はあゆらの側にいてよい人間ではないことは、志鬼本人が一番理解していた。

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