第62話

 あゆらはアパートの壁際に志鬼を待たせ、一階の角部屋のインターホンを押した。

 緊張しながら待っていると、すぐにクリーム色のドアが内側に開き、あゆらは姿勢を正す。

 そこには、黒髪を一つに丸くまとめ若草色の着物に身を包んだ淑女しゅくじょがいた。


「……おばさま」

「……久しぶりね、あゆらちゃん」


 美鈴の母、鈴子すずこは弱々しく微笑み、あゆらを中に招き入れた。

 最後に見た時より痩せただろうか、娘を失った彼女は憔悴し歳衰えて見えた。

 それでも染みついた品格は歩き方や立ち姿に現れ、昔繁盛していた旅館で女将をしていた彼女を彷彿とさせた。

 鈴子はリビングにあるソファーにあゆらを誘うと、温かなほうじ茶を入れ、前にあるローテーブルに置いた。


「……主人は店に行って、今はいないの。この先の、横断歩道を曲がった先の場所を借りてね、小さな和菓子屋さんをしているわ」


 話しあぐねるあゆらに、鈴子から口を開いた。


「……もう、お仕事を?」

「しなければ食べて行けないもの、それに……何かをしていた方が気が紛れるのもあるわ」


 あゆらはうぐいすの描かれた湯呑みを持ち、乾いた唇を濡らすようにお茶を口にした。


「おばさま、私は……美鈴は自殺ではないと思っています」

「ええ、私もよ」


 鈴子は当然と言わんばかりにあゆらの意見に同調した。

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