第44話

 志鬼の誘いは、あゆらに一筋の光を見せた。太陽を浴びた髪が、黄金色にきらめいていた。


「ほっ、本当に……!?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、興奮気味に志鬼と距離を詰めるあゆら。

 すると、志鬼があゆらをじっと見つめたのち、すすす、とどさくさに紛れて顔を近づけた。

 危険を察知したあゆらは、飛び跳ねるように後ろに逃げた。


「——なっ、ななな何!? い、い、今何をしようとしたのよ!?」

「いや、あんまり綺麗な顔が目の前に来たもんやからつい」

「つい、でキスしようとしないでよ! 危ない人ね!」

「失礼な、惚れたからに決まってるやろ」


 今日だけで人生で一番悲しい事件と嬉しい出来事が起こり、あゆらは目が回りそうだった。

 見目麗しく成績優秀、品行方正なあゆらが男子生徒から告白されることはよくあったが、その度断ってきた。

 親が厳しかったというのもあるが、あゆら自身、恋が何かわからなかったからだ。

 それなのに、今目の前にいるこの男は、たった数秒であゆらにそれを自覚させた。


「だからあゆらには特別に志鬼くんを無料提供いたします」

「ほ、本当に、いいの? 思いきり巻き込むわよ」

「ああ、一度乗っかった船は降りんから安心しい」


 に、と健康的な並びのよい白い歯が覗く。

 もうこの時すでに、あゆらの志鬼を見る目には恋という名の美化フィルターがかかっていた。決してハンサムではないのに、世界一の色男に見える不思議な魔法である。

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