第12話

 あゆらは息を切らしながら学校を後にすると、少し離れた先にある公園に駆け込んだ。


 美術室に友人たちを待たせたまま、鞄も置きっぱなしだったが、今のあゆらにそこを気にする余裕などなかった。


 おぼつかない足取りで公園のベンチに座ると、あゆらはうずくまるようにして、自分で自分を抱きしめた。

 ……まだ、震えていた。

 止めようとすればするほど、それは激しさを増した。


「……な、に、なん、だったの、あれ、は」


 乾いた唇からこぼれる言葉。

 確かにあれは清志郎だったと、あゆらは反芻する記憶の中、思う。

 しかし、あの“帝清志郎”が、本当にそんなことをするのか?

 二年にして生徒会長を任せられる文武両道の優等生、有名外科医の一人息子でありながら決してそれを鼻にかけない優しい人柄で教師や生徒、男女問わず悪く言う者がいない、あの“帝清志郎”が——?


 あゆらは、先ほどの行いに名をつけられずにいた。

 いじめ、と呼ぶにはあまりに重すぎる行為だと感じた。

 一対一とはいえ、刃物を手にしていた彼。

 しかもそれは一般人が目にするようなものではない、手術の際に使用するはずのメスだった。

 父親が大病院の外科医だから、隙を見てくすねたのだろうか、なぜ、わざわざそんなことを、しかも、美鈴に?

 そう思った時、あゆらは次の考えに至った。

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