一般人視点のゾンビパンデミック

白夏緑自

発見→混乱→鎮静→懐古

 未知のウィルスがまた人類に感染したのを確認された。しかも、今度は意識を失い、全身を腐らせながら食人衝動に目覚めるという全世界のゾンビに対するイメージを体現するようなウィルスだ。


 人間も馬鹿ではない。こんなとき、どうすればいいのかはつい最近学んだ。

 学んだけど、ダメだった。

 仕方がない。いくら山や海で壁があったとしても、繋がっているのだ。完全な分断を達成するには宇宙の高さまでレンガを積み上げるしか方法はないのかもしれない。


 さて、水際対策を失敗した人類はどうなったかと言うと、もちろんゾンビパニックに陥った。日本でも、銃刀の携行許可が騒がれ始めたし、政府がどうのこうのいう前に無事な人間は自らその辺の角材を武器にした。

 一時期、DIYのレシピサイトのトップは武器の作り方だった。


 ここまでが、パンデミックのフェーズ1。


 ワクチンは思いの外、速やかにリリースされ、接種はほぼ強制だった。

 予診票にある同意書にサインしないと「安全な場所への隔離」と言って、その場でどこかへ連れていかれていた。このような強行を人権無視だと悪者にできるのは、もう少し平和になってからだった。当時はそんなことを議論している余裕もなかった。


 そうして、人類全体がゾンビウィルスに耐性を持ち始めた時期、感染症状にも変化が訪れた(残念ながらワクチンは100%の効果を発揮しなかった)。

 感染者の食人衝動が弱まり、その代り、生前の行動を繰り返すようになった。


 学生なら学校に。会社員なら会社に。傷ついたDVDをリピートするように、ガクガクと不完全な動きで再現していた。中には、顔見知りらしきゾンビ同士で会話のような動きを見せる場面もあったそうだ。尤も、この行動もゾンビ駆除が完全に完了してから出回った情報である。世界中のリーダーは感染者の人間らしい行動をひた隠しにしていたからだ。


 でも、実際に目にした人間は大勢いた。僕もそうだ。派遣バイトのゾンビ駆除現場で、ジムに行ったとき。そこには筋トレをするゾンビたちが5,6匹いた。

 ゾンビたちは朽ちた肉でウェイトを持ち上げていたり、器具で背筋を鍛えていたりした。

 生前鍛えていたゾンビたちだ。肉が他個体よりも固く、これは苦労するかもしれないと身構えたが、そんなこともなかった。

 自滅するからだ。


「トレーニング器具は正しく選ぶべきだな」とは、現場責任者がボヤいていた言葉。

 ゾンビたちの肉体は腐っている。筋肉も例外ではない。鍛え上げられることもない。そんな身体で重たいものを持ち上げようとしたら、肘の部分から折れる。電源の入っていないランニングマシンを走っていても不可に耐えきれず、ぐしゃぐしゃと折りたたむように潰れていった。


 結果、僕たちは3時間ぐらいゾンビたちが自滅するのを眺めた。

 最後に頭だけを潰した。

 拘束9時間の予定が、5時間で早上がり。しかし、どこも人手不足でバイトを手放したくなかったので、きっちり9時間分の給料はもらえた。

 時給も今より高かったし。


「いい時代だったよ、ほんと」

 すっかり、良き思い出に昇華しきって、今は焼肉も余裕で食べられる。

 ユッケと骨付きの肉だけは、ちょっと苦手になったけど。

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一般人視点のゾンビパンデミック 白夏緑自 @kinpatu-osi

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