筋肉質な芸術

武上 晴生

筋肉

 腕には線がびっしりと描きこまれ、足も膨らみと凹みのシルエットがはっきりして、首は何より太く。

 1コマにみっちみちに描き込まれた筋肉は、気持ち悪いとさえ思っていた。見ているだけで息が詰まるし、生々しいのだ。気楽なコンテンツとして触れていたマンガで、こんなにも生命を見せつけられるとは、心が想定外だったのだ。

 マンガは、目の美しさだった。それだけを見ていた。まつげの長さ、瞳孔の描き込み、キャラクターの属性ごとのまぶたの形の違い。目のきらびやかさが特徴的に描かれるキャラクターは、まるで魂がそれを求めていたかのように、十中八九ハマってしまった。

 都会に出たとき、人に揉まれながら、駅の大きな広告を見た。緑の瞳のキャラクターがいた。その瞳が綺麗であったから見た。瞳は小さいながらその中に細かくハイライトが散り、強い意志が見られた。知らない絵柄であった。筆ペンで描かれたような、太く荒い筆致の眉毛を覚えている。その濃い黒色に挟まれているからこそ、宝石のように緑色は眩く光っていた。

 その目以上の情報を、全く見なかった。本当に目だけを一瞥して、人波に流されて、その人物の顔すら見ていない。

 帰ってから、駅名と広告と緑という文字を検索窓に載せて、ポチポチとSNSに載せられた情報を眺め見る。最初は信じていなかった。映るのは、筋肉隆々のゴツゴツの厳つけ荒々しい男の絵ばかりで、これは違うなと見過ごしていたのだ。それ以外の作品の絵が出てこないことが、信じられないというか、何故だろうなと、現実逃避のように答えを見ようとしなかった。そして、ついに見てしまった、瞳をアップにした写真と、その引きの絵を。紛れもなく、それは、あのときに見た瞳で、今まで流し見てきた、ゴツい男だった。本屋でもネットでもきっと今まで幾度となく見てきたのかもしれないその人物を、気にもとめず見過ごしてきた人物を、目のきれいな人として、認識してしまった。

 その記念にと作品名を調べた。マンガだった。無料公開分を開いて読んだ。初めの感想は前述の通りだ。筋肉だ。むさ苦しさと溢れる生命に喉がつまりながら、扉絵と表紙絵と、知らないストーリーという点で読み進めた。

 しかしいつからか、その芸術性に魅入られてしまった。筋肉は芸術だった。その躍動に、陰影に、生命が詰まっている。自然が作り上げた芸術。彫刻の像がなぜ裸体なのか不思議に思っていたが、今ならわかる。

 筋肉の美しさは、人体の美しさ。初めに気持ち悪さを覚えたのも当然だった。瞳の美しさは、ファンタジーの美しさ。

 相反する2つの美に魅入られて、マンガだけでは足りなくなった。今は、木を削って、石を埋め込んで、等身大の人体が部屋を埋め尽くしている。

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筋肉質な芸術 武上 晴生 @haru_takeue

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