深夜の散歩で起こった出来事②

麻倉 じゅんか

第2話

「私はこうして月の女神様より、人の身体しんたいへと変わる術を授かり、代わりに妖魔あやかしを討て、との使命を授かったのです」


 そう言って、今は人の姿になっている元・黒猫の深夜はキッチンのテーブルで話を聞く俺に、立ったまま平伏した。


「そんな危険な命令と引き換えてでも、人間になりたかったの? 人間になって何がしたかったの?」

「それはもちろん、より一層あるじ様に尽くしたかったのです。

 猫の身では叶わぬこともして差し上げたかったのです!」


 こんな美人に、こうまで言われて嬉しくない男なんか居ないだろう。むしろ大歓迎だ。

 いわば『猫の恩返し』といったところか。


「主様が望めば、この身さえ捧げる覚悟も有ります」


 そう言って服を脱ごうとする深夜。

 感動して『おおっ』とか言いそうになったが、すぐ正気に戻って深夜の手を抑えた。


「何で御座いましょう?

 主様の部屋にはつがいがこの様に肌をさらしてまぐわう絵が描かれた書物が有りましたのに。お嫌ではないのでしょう」

「うわァーお!?」


 変な声で叫んでしまった。

 この子……元・猫だから、羞恥心無いのか!?


 ……ん?

 ちょっと思いついたことがあって、考える。


「どうかなされましたか主様。何か私に可笑おかしな点でも……」

「……いや。お前、さっき『人の身体に変わる』を授かった、と言っていたよな」

「はい。それが何か?」

「じゃあ術を解けば猫の姿に戻るのか?」

「はい、そうです」


 そして深夜は猫の姿に戻ってみせた。

 うん、間違いない。この姿は深夜(猫)だ。


 すると……。


 再び人の姿になった深夜に、額に手を当てた苦悩のポーズをとりながら言った。


「すまん、深夜。お前のあるじは変態になれん。そこまで割り切れん」

「は、はあ……」

「けど、勘違いしないでほしい。

 猫としてのお前も、人としてのお前も、主は大変美しいと思っている!」

「お褒めに預かり至極恐悦。この深夜。今後も誠心誠意、主様に尽くさせて頂く所存です。


 こうして俺と、妖魔退治の美猫・深夜との共同生活が始まった。




 朝、目覚めると俺と一緒の布団の中で寝ていた深夜の姿がなかった。

 少し寂しい。純粋な猫の時は起きるまでずっと一緒だったのに。


 トントントン。

 キッチンの方から何やら音がした。


 なので、眠い目をこすり向かってみると……調理している深夜がいた。


「お早う御座います、主様」

「お、おはよう……何してるんだ……?」

「見ての通り、朝食を準備しています」


 ……両親が出張で出て行ってから、全く聞かなくなった音。

 懐かしい。そして……なんだろうな、これ。落ち着く……。



「『てれび』なるモノの見様見真似ですが、どうぞ。

 主様のお気に召せば良いのですが……」

「俺のために作ってくれたんだろう? マズいわけ無いだろ」


 深夜にとっては初めての手料理(だろう)。むしろ、どんなにマズくてもありがたく頂くべきだ、そう思う。

 見た目は全く問題ない。匂いもいい。焦げとか全くない。


「じゃあ、いっただきま~……」


 ――早速、口にした瞬間に分かった。

 端的に言えば、深夜は見事に『お約束』をしやがった。


 もうちょっと言えば、薄い。全ての料理の味付けが薄い。卵焼きなんか、味付け全くしていないんじゃないかと思うほど、薄かった。


「あの、主様。どうかなさいましたか?」


 しかし、せっかく深夜が俺のために作ってくれた手料理。愚痴をこぼすのは野暮ってやつだ。


「ああ、こういうのも悪くないな、って」」


 さて、この返しが良いのか悪いのか。俺には分からない。何せ恋愛経験ゼロだから。


 深夜も一口飲んで感想を漏らした。


「成る程、主様には薄口でしたか。

 では明日からは……」

「いや、いい。ほら、塩分のとりすぎは体に悪いらしいし」

「左様ですか。ですが……」


 一旦は俺の言う事を聞いてくれたかの様な返事をしてくれた深夜。

 しかし、続いてカッと目を見開きこう宣告してきた。


「明日の朝餉あさげは今日より美味おいしいものになっていると、お覚悟下さい!」

「お、おう……」


 意味不明な宣告に怯えてしまった。


 しかし深夜が、人になると、こうも探究心を燃やすようになるとは。主様もびっくりだ。




 制服に着替え玄関に向かう。

 そこまで深夜が見送りに来てくれた。


「主様、学校へのお努め御苦労様です」

「……いや、働いてはないけど」


 当然、俺は教師とかではなく生徒だ。


「それより、留守番は大丈夫か?」

「はい。お任せ下さいませ」

「外へ出る時は、ドアの鍵を閉めるのを忘れるなよ」

「勿論で御座います」


 本当に大丈夫かな、と思いながら、学校へと向かった。




「いや、やっぱり気になる。今日は寄り道せずに真っ直ぐ帰ろう」


 まだ登校中だというのに、もう家に帰る時のことを考えていた。


 朝めしを、とりあえず作れるだけ人間の文化を学んでいるとはいえ彼女は猫だ。

 どうしても、家に一人残して大丈夫だろうか、と考えてしまう。

 ああ、こんな気持ちはあいつが家にやってきて以來だ。

 基本的に雑な性格の俺でも、あの頃は誰も居ない家に元・野良の猫を残してきて大丈夫かな、と心配したもんだ。そして今も……


 いや、今現在されるのは俺の方だった!


 どこかからギチギチ……と音がした。なにか金属っぽいものがきしむような音だ。

 慌てて周囲を見回す。


 その音の正体に気づいた時には、逃げるには遅かった。

 大きな掲示板が、倒れてくる!


 まず頭がぶつかり、その勢いで倒れた。

 そして潰される!


 と思った時だ。


「深……夜……」


 何時の間にか深夜が現れ、片手で・・・掲示板を支えていた。


 あの、自分より背が高く横幅も厚さもあって重そうな掲示板を片手で……なんて筋力だ……。

 凄いな、深夜は……。そう言いたくても、徐々に意識が沈んでいって口から声が出せない。


 意識を失う前に俺に見えた景色は


「ほぅ。貴様、軟弱となった人間にしては、やるな。

 ……いや、貴様は人間じゃないな!?」


 と深夜に対して話しているの姿。


 そして最後に思ったのは


(そうか、これが『無名の群衆 モブ 』視点、ってやつか……)


 という事だった。

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