第5話



  6



 ブレイルの聖剣にはまだ秘密がある。

 実はこの聖剣は特定の人物にしか触れる事が出来ないのだ。

 その特定の人物とは3つに分類される。


 まず1つはの主である、勇者。

 聖剣は勇者だけに身を委ね、刃を振るう事が出来る。


 2つめは、《神》

 聖剣を創り上げた《神》は、創造主であるために振るう事が出来るとされている。


 そして、最後3つめが特殊。――『真に純粋な存在』

 穢れを嫌う聖剣は勇者以外の人間には触れることも出来ない。無理にでも掴もうとするならば、肌は焼けただれからの怒りが降り注ぐ。

 ただ一つ。心から真に純粋な、穢れ知らずの人物であると言うのなら話は別だ。

 勇者や《神》の様にその刃を振るう事は出来ない。しかし、から『純粋』と認定された者だけは、聖剣は自身に触れる事を赦し、持ち上げる事が出来ると言う。


 この聖剣は昔からそう伝えられ、ブレイルが勇者と選ばれた暁には、その伝説が事実だと言う事を世に知らしめさせた。

 魔物や賊が幾度聖剣を狙って来たが、触れることも厭わず。刃に触れれば身体は燃え上がり、灰と化す。

 道中の仲間でさえ柄に触れることも出来ず。ただ唯一、聖剣を持ち上げる事が出来た者は、聖女と呼ばれた乙女一人のみ。


 だからこそ、ブレイルにとってに触れる事が出来ると言う事は、何よりも特別な出来事だった。彼からすれば何よりも特別な事であると記しても良い。

 なにせ《神》もいなくなった世界で、勇者以外でその刃に触れる事が出来るのは紛れもなく『真なる純粋足る者』そう決定付けられる、穢れも曇り無い真に特別な存在であるに違いないのだから。


 「――それは女に抱き付く理由としては吐き気を催す程に下らないな」

 「ええ、そうですね……。本当に悪いと思っています」


 とは言え、目の前の男が言う通り、少年が初対面に近い少女に抱き付く理由としては下の中の下であるのだが。

 男の冷笑を前にブレイルは縮こまるしかない。慣れない敬語を使って、罰が悪そうに視線を外す。


 あれから、30分程度。この重々しい雰囲気は続いている。

 今現在ブレイルがいる場所は図書の隅。頭から毛布をかぶった状態で身を丸めていた。

 視線に映るのは黒コートの男と、男の後ろに隠れるように座る【少女】の姿。


 先ほどから、当たり前と言うべきか、【彼女】は一瞬たりとも此方に視線を向ける事はせず、本を積み重ねた上に座り、緑の表紙に金の模様と文字が掛かれた本を読むばかり。

 それも、その本も【BukiWeu,naOWemamuMo】だとか書かれ、到底読めたようなものじゃない。――あんな一件があったのに、まだ名も知らぬ【少女】。


 それプラス、気になるのは黒い大男。

 脚を組み、身体を僅かに斜めに傾けた形で木箱の上に座り、【少女】と同じように黒い表紙の本に視線を落としながら、しかして先程から一切も容赦もなく殺気を放ち続けるこの男。僅かにでも目を離し、気を抜けば絶対に殺しにかかってくるだろう、このナナシ男。

 【彼女】は朝まで眠ると言いと言ってくれたのだが、正直之では睡眠どころの話じゃない。


 「あのさ、その殺気どうにかしろよ!」


 我慢できずに、ブレイルは焦りが混ざる声を上げた。

 黒曜石の眼が此方を睨む。「何故?」と言わんばかりの視線。


 「気にせず寝ろ。俺は見張り役でね。むしろ寝てくれた方が俺としても気が楽と言うモノだ」

 「だからその殺気が気になって眠れないんだよ!」

 「だからお前がこの子に手を出さないか見張っているんだよ」

 「出さねぇよ!」

 「つい先程前科を作った男の言い分は信じられんな」


 ブレイルは呻き声を零す。

 先ほどから何度も謝ったのだが、許す気も警戒を解く気も、この男には無いらしい。

 一連の出来ことを話して、少しでも信用してもらうのも手だが、正直この男の前では通用するとは思えない。

 もうこうなれば、ふて寝を決め込むしかないだろう。毛布を体に巻き付けてブレイルは二人に背を向けると身体を丸め横にした。


 ランプのオレンジの明かりが揺らめき、本を捲る音だけが響き始める。

 殺気は一切納まってくれないのだが。

 仕方が無くブレイルはじろりと顔だけを動かし後ろの男に視線を送る。何か迷いながらも口を開く。


 「――あのさ、そこの【お嬢ちゃん】……でいいんだよな?」

 「ああ、こう見えて女だよ、こいつは」

 男が本を捲りながら答えた。

 「その、そいつ、名前はなんていうんだ?」

 次の問いには少しの間。男がブレイルに視線を飛ばす。

 「なんだ、聞いてないのか?」


 聞いてないも何も、名を聞く前にこの男に掴みかかられ、以降【彼女】はそのまま口を開かなくなったのだから、知る由もない。再びページを捲る音。

 身体を回転させ、男と【少女】を改めて見る。

 そんなブレイルの視線を浴びてか、男は小さなため息を一つ。

 本を持っていない、空いている右手を【少女】へと伸ばすと、その小さな頭に手を乗せた。


 「こいつはモルス」

 「――モルス?」

 思わずオウム返し。


 本を閉じた男は肯定する様に小さく笑みを浮かべた。

 その黒い視線を【少女】へと向け、呆れた表情。まるで何かを責めているかのようだ。

 【少女】は彼の視線を浴び、俯く様に本に視線を落として身体を丸める。

 男の視線がブレイルに戻ったのはその後、溜息交じりに彼は黒い眼を此方に向けた。


 「お前『異世界人』で、いいんだな」

 男の言葉にブレイルは息を呑む。

 飛び起きるように身体を起こし、男を見た。


 「なんでソレを!」

 「……同じ境遇だ。見たら分かる」


 問えば、更に信じられない事実が帰ってくる。

 ブレイルが固まるのも仕方が無い。

 数秒ぐらい、話に着いて行けず困惑。勢い良く手を翳し、震える指先を男へと向けたのは1分後。


 「お、おまえ、そ、それって、もしかして……!」

 震える声で問う。男はニタリ、頷く。

 「ああ、俺も『異世界』からやって来た。――エルシューって野郎に無理やり連れて来られてね」

 酷くあっさりと、肯定するのである。


 「えええええ!!」


 絶叫にも似た困惑の声が響いたのは刹那の事。

 暗い図書にブレイルの声が反響し。あまりの煩さに【少女】が耳を塞ぐ。

 大口を開ける少年の顔にものの見事に黒い本が飛んで来たのは、瞬間の出来事。

 

 「うるさい」

 ばたんと後ろに倒れたブレイルに男は冷たい声を浴びせるのだ。

 

 顔を赤くしブレイルは鼻を押さえながら、もう一度起き上がった。

 胡坐を掻き、前かがみになる形で男を改めて見上げ、残った手で再度指を差す。正直、信じられないのだが、今度は声を抑えて口を開く。


 「え、え?『異世界』から?お前が?俺と一緒!?」


 最後の方は結局声が大きくなってしまったが。目に映る男は険しい顔のまま溜息交じりに頷いた。


 「ああ、こう言えばいいか?俺も【この世界】とは『別の世界』からやって来た、所謂『異世界人』だ。お前もだろう?」


 再度、二度目の問い。一瞬冗談かと思ったが、目に映る男の様子からして嘘を付いているようには到底見えない。

 そうなればブレイルはある種仲間を見つけたと言えるだろう。だからこそ今度は肯定の為に何度も頭を縦に振った。

 ブレイルの様子に男は再び笑みを浮かべ。


 「と言っても、俺とお前じゃ、おそらく『元の世界』とやらは別だろうがな」

 「――……え?」


 そして、更に信じられない事実を口にするのである。

 ブレイルが問いかける前に男が指を差した。ブレイルにじゃない、彼の側にある銀色の聖剣に、だ。

 男は指を差したまま、小さく首を横に振る。


 「さっきの聖剣とやらの話、俺の世界では聞いたことが無い。存在していない。勇者なんてモノもいない。そんなゲーム……御伽話だけの話だ。ほら、コレだけで普通に考えて、お前と俺の『世界』は違う、そう思わないか?」

 ブレイルは男の言葉に驚く、顔から手を離して更に身体を前に倒した。

 「な、無い!?聖剣が無いのか!?」

 「無い」


 問いに対して、男はハッキリと答える。

 だったら、と言わんばかりに、ブレイルは食い気味に男に問いを投げかけた。

 

 「じゃあ、《魔法》は!」

 「ない」

 「《魔王》は!!」

 「ない」

 「《聖女》や《剣士》とか言った存在もいないのか!?」

 「ない」

 思い付いたものを上げていくが、男は片端かたっぱしから切り捨てていく。


 「じゃあ、何があるんだよ!」

 上げたモノを全て切り捨てられ、遂にと最後の質問を繰り出す。

 男は僅かに眼を細めて、何かを考えてから口を開き。


 「……俺の『世界』はお前が言ったような存在を非現実的ファンタジーと言ってね。例えて上げられるようなものはない。……皆が平等に暮らそうとする、だけが暮らす世界だ」

 

 掴み処の無い簡単な答えを口に出すのである。

 だが、ブレイルにはそれだけで十分なほどに愕然とする『別世界』だった。

 なにせ自分の世界には達が暮らし住んで居る。

 魔法に満ち溢れ、戦いに日々溢れた世界。

 それらが無いなんて、考えられない程に《魔法》が日常化した『世界』だ。

 

 だが、やはり。男の様子は、どう見ても嘘には思えない。

 それにブレイルはリリーと言う少女の言葉を思い出す。


 エルシューと言う神は『異世界』と言う場所から沢山の人を呼び寄せている。ブレイルみたいな『異世界人』とやらは沢山いると。この世界の住人のリリーがあそこ迄はっきり言い、目の前の男も『異世界人』と名乗り、そしてブレイル自身も『異世界人』


 この事実から、男の言っている事は事実である可能性の方が高い。

 つまり、ブレイルとは別の『世界』から別に連れて来られた『異世界人』。

 ブレイルと言う『存在』と、【この世界】という《異世界》二つが存在しているのだ。他に《異世界》が在っても可笑しくはないだろう。


 それにこの男の服装から見てもブレイルから見れば、初めて見るような装束だった。外の【街】とも彼の服装は異なる。最初は異国の民と思っていたが、コレが『異世界人』であったなら、更に納得できる。


 だが一つだけ問題がある。この男、「誰もが平等で生きようとする世界」なんて、さらりと自身の『世界』について語ったが、こいつは。こいつの眼は、彼の殺気はどう考えたって――。


 「……1つだけあったか」


 現状を整理していると、男が何かを思い出したようにポツリと呟く。

 そして、止めと言わんばかりにポケットから何か薄っぺらい物を取り出して、ブレイルの前へと投げ捨てるのだ。


 カラカラ音を立てて、ブレイルの前に落ちたのは四角の黒い見たことも無い物体。

 ただ、何かガラスみたいなものが表面に貼ってあり、ソレに罅が入っているのだけ、理解できる。


 「それは……まあ、電話ってやつだが。そうだな、その箱一つで数キロも離れたような相手と話が出来るって言うモノだよ」


 僅かな間。


 「……ええ!?」

 ブレイルは、驚きの声を上げて機械と呼ばれたものを拾い上げた。

 眼を点にする彼の前で男が言う。


 「《電話》って単語を知らなければ、俺からすれば『別世界』確定だがな」

 そんなモノ。ブレイルからだって、この男は『別世界人』確定である。

 

 「……分かった、信じるよ」

 何処か重い口を開きながら、ブレイルは機械を男に投げ渡しながら言う。


 ただ、完全に信用してはいけない分類の人間だと言う事は、心の底で留めて置くことにして。

 男は投げ飛ばされた物を片手で受け止めると、再びポケットにしまいブレイルを見据えた。


 「――じゃあ、次の話だ」

 そう一旦前置きして、男は続ける。


 「この【世界】について情報を話してやる」

 「……え?は、ちょっと待て!」


 あまりに唐突に入った本題にブレイルは思わず制止を入れた。

 男の方は邪魔が入ったのが不愉快なのか、思い切り眉を顰めているが。


 いや、制止するのはブレイルからすれば当たり前だ。そんなにさらりと重要な事実の後に、重要な情報を話す態勢に入らないで欲しい。そもそもお互いの名前すら知ら無いのだから。

 それに、と。ブレイルは男の後ろにいる【少女】に視線が映る。


 「……あの、さ。その子は」

 「こいつは【この世界】の住人だ。借りがあって、今は俺が面倒見ている」


 最後まで問いかける前にアドニスが遮る様に答えた。

 ブレイルはその答えに険しい表情を浮かべる。

 この男が【彼女】を?――と。


 「なんだ、俺が面倒見ているのは可笑しいか?」

 「い、いや」


 怪訝そうな黒い眼、ブレイルは思わずと目を逸らした。

 今【彼女】の現状を危ぶんでいる暇はない。その話は後だ。

 コホンと咳払いを一つ。もう一度金の眼を男に向けた。


 「まず、互いの名前を知ろうぜ」

 今度は死極まっとうな問いを一つ。胡坐を掻いたまま、ブレイルは自身の塗音に手を当てる。


 「俺はブレイルだ。ブレイル・ホワイトスター!」

 当たり前だが、自身の本名を名乗る。

 少しの間、男は小さなため息を付き、口を開いた。


 「――……アドニス」


 それだけを紡いで、男は口を閉ざす。

 どうやらと家名は彼には存在しないらしい。

 まあ、そういう輩は多い。次の質問だ。そう思ったが、ブレイルは口を噤む。

 よくよく考えたが、特に思いつく質問が無い。

 

 「特に話すことも無いだろう。本題に入るが、いいな」

 

 男――アドニスの此の問いに、ブレイルは「はい」と小さく頷いた。




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